【連載】『世界の辺境とハードボイルド室町時代』
第6回:今生きている社会がすべてではない

2015年8月28日 印刷向け表示

人気ノンフィクション作家・高野 秀行と歴史学者・清水 克行による、異色の対談集『世界の辺境とハードボイルド室町時代』。連載の最終回は「今生きている社会がすべてではない」ことについて。様々な国を知ることや歴史を学ぶことには、どのような意味があるのか?(HONZ編集部)
※過去の記事はこちら→第1回第2回第3回第4回第5回

世界の辺境とハードボイルド室町時代

作者:高野 秀行、清水 克行
出版社:集英社インターナショナル
発売日:2015-08-26
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今生きている社会がすべてではない

(左)清水 克行 (右)高野 秀行 
撮影:円山正史

清水 『謎の独立国家ソマリランド』の冒頭、エピグラフに「今まで見てきたことや聞いてきたことが、全部でたらめだったとしたら面白い」というような言葉が書かれているじゃないですか。

高野 ブルーハーツですね。「情熱の薔薇」の歌詞を引用したんです。

清水 あれはまさしくその通りだなと思って。僕は学生に対していつも言っているんですよ。今生きている社会がすべてだとは思わないでほしいって。それとはぜんぜん違う論理で動いている社会があるんだし、我々の先祖の社会にも今とはぜんぜん違う仕組みがあった。その仕組みを勉強しても直接的には役に立たないけれど、そういう社会があったっていうことを知るだけで、ものの見方が多様になるんじゃないかって言っていますね。

高野 僕は、現代日本の方がむしろ特殊であって、アジア・アフリカの辺境や室町時代の日本の方が、世界史的に普遍性をもった社会だったんじゃないかって夢想することがありますよ。

清水 そうだと思います。江戸時代という特殊な時代を経て、その延長線上にあるのが今の日本社会だと考えると。

高野 今の日本社会は人類社会のスタンダードではないし、僕たちの価値観だってそうですよね。自分は今たまたまここにいるだけなんじゃないかっていう気がときどきするんですよね。

清水 しかも、今、中世からずっと続いてきたムラ社会が壊れてきているわけですよね。自明とされてきた社会がだんだん溶け始めている。

そうすると、今後どうなるかわかりませんけど、またソマリのような、あるいは室町時代みたいな社会に戻らないとも限らないですよね。人類は一方向だけに向かって進化しているわけではないので、何かの揺り戻しが起きたとき、日本社会の皮を一枚はがしてみたら、室町的なものが出てくるんじゃないのかな。

高野 僕が見た感じでは、人間の動き方っていうのは、いくつかのパターンがあるなっていうふうに思うんですよね、文化によって違うっていうのはもちろんあるんですけど。

清水 宗教とか民族とかイデオロギーといった外皮に覆われているので、一見違う社会に見えますけど、そういうのを取っ払うと、人間の行動原理はかなり似通ってますよね。

高野 ありえないような突飛な行動をする人はそんなにいるわけじゃないですもんね。だいたいは利害とか快不快とか、そういうものがあって動くんで、よくよく見ていくと、なるほどわかるっていうことが多いですよね。

清水 僕は授業で学生にアンケートを書いてもらうんですけど、一番残念なのは「今の時代に生まれてよかったと思いました」という感想なんです。中世史を学んで、「あんな社会に生まれなくてよかった」と思ってしまうのは、思考が停止しているということですよね。過去への共感もないですし、自分が今いる場所から出ようともしていない。

一方で、「今の私たちの価値観が絶対ではないということがわかりました」と書いてくれる学生も必ずいて、これは一番うれしい回答です。「室町時代の人たちの行動を知って、私たちが変だなと思うように、私たちの行動を五百年後の人たちが知ったら、やはり変だなと思うんでしょうか」と書いてくれた学生もいて、ああ、こういう子は現代を相対化できているなって感じます。

ソマリランドの本を読んで、「日本に生まれてよかった」っていう感想をもつ読者っています?

高野 そんな読者はさすがにいないと思いますけど。ソマリ人っていうのはクレイジーな連中で、銃をぶっ放して、めちゃくちゃやっているんだと思っていたら、ぜんぜん違った、イメージが180度変わったって言ってもらえたら、うれしいですよね。

左)高野 秀行 (右)清水 克行 撮影:円山正史 

本書では、ここに紹介しきれなかった様々な話題が辺境から中世へと飛び交います。続きは、書籍『世界の辺境とハードボイルド室町時代』にて、お楽しみください。(HONZ編集部)

※本書に掲載されている注釈については、割愛しております。

世界の辺境とハードボイルド室町時代

作者:高野 秀行、清水 克行
出版社:集英社インターナショナル
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