音楽は好きでも、音楽の話をするのはわりと苦手だったりする。
自分が微妙だと思うアーティストを好きと言われたら返答に困るし、一見好みが近いように見えても実は「良い」と感じているポイントが全然違って噛み合わないこともある。
同じ曲を聴いても、人によってなぜこれほど感じ方が異なるのか。自分が大好きな曲があの人の琴線には触れず、あの人が最高だと言う曲はなんだかピンとこない理由はどこにあるのか。そんな謎を解くヒントを授けてくれたのが本書である。
聴き方の違いとしてときどき目にするのが「歌詞重視かメロディー重視か」問題である。自分の場合は歌詞よりも断然サウンドの方に意識が向きがちで、どんなに歌詞が評価されていようが音が好みじゃない曲はハマりきれない。逆に歌詞が残念だといくら音が良くてもダメという意見もあるだろう。
「歌詞」「メロディー」に「リズム」を加えたこれら3要素のうち何をどのくらい重視するかを、著者は1つのものさしとして挙げている。その曲で突出している要素と自分が重視するポイントが重なると好きになりやすい。たしかにメロディー重視からリズム重視にツボが変わるにつれて好みのジャンルも変わった記憶があり、心当たりのある話ではある。
曲を聴いているときに思い浮かべやすい内容も人それぞれ異なる。本書の共著者2人も、一方は演奏者のパフォーマンスやルックスを思い浮かべがちで、もう一方は面白い形や色など抽象的な模様をイメージしやすいといった具合にタイプが分かれた。それぞれ相性の良い曲やジャンルにも違いが出てくるのは容易に想像できる。
こうした音楽の好みを左右する要素の数々を、本書は「本物らしさ(オーセンティシティ)」「リアリズム」「斬新さ」「メロディー」「歌詞」「リズム」「音色(おんしょく)」の7大要素に分けて解説していく。
これら7つの要素それぞれに、どれくらいの塩梅がちょうど良いか、人によって異なるスイートスポットがあり、その集積が自分だけの「リスナー特性」を形づくる。その曲はなじみ深いか斬新か、歌詞は個人的か一般的か、リズムの規則性は高いか低いかといった特性が、自分のリスナー特性にどのくらい近いか意識して聴くとまた違った印象が生まれるかもしれない。
こうしたマッピングの話に加えて「音楽を聴くとき頭の中で起こっていること」を神経科学の観点から掘り下げているのも特徴だ。
ジャンル問わずさまざまな楽曲を対象に音楽を聴いているときの脳活動を調べた研究によると、被験者たちが評価した好き嫌いと脳の反応には共通する傾向がみられたそうだ。面白いことに、「好き」もしくは「嫌い」と評価したときの脳活動と、「大好き」と評価した音楽を聴いたときの動きは異なるという。
著者らが調査したところによると、大好きな音楽を聴いた時に心に浮かぶもので最も多いのは、自伝的記憶である。心奪われる曲を聴いた時には、記憶に書き込む作業よりも、その曲に関連する人や場所、出来事などを想起する方に脳が働くとの指摘は興味深い。大好きな曲はどこかぼんやり浸りながら聴く感覚があるのも、これが理由かもしれない。
強迫性障害の治療のために脳の報酬系の一部である側坐核に電極を埋め込む療法を受けた患者が、生まれて初めてジョニー・キャッシュの大ファンになった驚きのエピソードも出てくる。好きな音楽を聴いたときのドーパミン放出にもかかわる側坐核を刺激した「副作用」として嗜好が変化したのだ。面白いことに、電極による刺激が止まると情熱が冷め、再開するとまた元に戻ったらしい。心理ではなく生理で音楽の好みが左右される一端がうかがえる、味わい深い逸話である。
けっして小難しい本ではない。著者のひとりは音楽プロデューサーとしてプリンスの『パープル・レイン』や『サイン・オブ・ザ・タイムズ』などの名盤にも関わった経歴を持ち、現在は音響心理学と音楽制作の教授として活躍する人物。聴くことのプロとしてリスナー心理を考え尽くした経験の厚みが、本書のベースになっている。
なぜあの曲に心を奪われるのか。なぜ音楽の好みはこれほど千差万別なのか。100以上の曲を引き合いに出しつつ、多彩な角度から手がかりを授けてくれる。実感に合う話ばかりとは限らないが、自分以外の人がどのように音楽を聴いているのか興味がある人には、新たな発見がいくつもあるだろう。
読めば読むほど、音楽の好みがいかに個人の経験に左右され、バラバラに形作られていくものなのかもよくわかる。そのグラデーションの豊かさ、固有性を理解することで、ひとつひとつの聴き方に優劣などないという当たり前の事実がより一層実感できる。
「おすすめされた曲がピンとこない」のモヤモヤがワクワクに変わる、実にありがたい1冊だ。