【連載】『家めしこそ、最高のごちそうである。』
第1回:はじめに
2月27日に佐々木俊尚さんによる著書、『家めしこそ、最高のごちそうである。』が発売されます。稀代のジャーナリストが語る、家庭料理の極意。HONZではその発売に先駆け、いち早く書籍の内容を、全12回の連載形式でお届けいたします。「家めし」の美味しさを追求していったら、答えはシンプルなものへと辿り着いたー
この連載のメッセージは、たいへんシンプルです。ひとことで言えば、次のようなこと。
値段の高いスーツを着て食べに行くフレンチレストランみたいな派手な「美食」ではなく、かといって散らかった家でジャージを着てむさぼり食うコンビニ弁当や、「鍋の素」でつくった人工的な味の鍋のごとき「ファスト食」でもない。さらにいえば、やたらと無農薬有機野菜やオーガニックにこだわるような「自然食」派でもない。
その外側に、もっと別の素晴らしい食文化が可能なのでは、というメッセージです。
しっくりなじむ洗いざらしの綿のパンツと清潔なシャツを着て、簡素な台所に立ち、素早く手軽に、しかもお金をかけずに健康的で美味しい家めしをつくる。
そういう生活が、いま求められているのではないでしょうか。わたしはそれを実践し、毎日のように家族の料理をつくって楽しみ、人生を過ごしています。
これからお伝えしていくのは、そういう食生活を送るための簡素でシンプルで実践的なやり方についてです。
ポイントは、3つ。
①外食ではなく、健康的で美味しい日々の食事を自分のものにするということ。
②そういう食事は、実は安価だし、つくるのにも時間はかからず、調理も難しくない。
③そこから始まる生活は、とてもセンスが良く気持ちの良いものであるということ。
よく晴れたある日の朝。 私は前日まで信州の山を歩いていたので、しばらく買い物をしていませんでした。冷蔵庫にはいつも買い置きの野菜が常備してあるのですが、野菜室を開けてみたらほとんど野菜がありません。残っていたのはネギと白菜、それにカボチャ。冷蔵室には何があるかな。 木綿豆腐ぐらいか。肉も魚もないね。冷凍室には残り物のご飯があるから、解凍しよう。
メインはこのこぶりで美味しそうなカボチャだな、ということで煮物をつくることにします。花カツオでさっとだしを引き、ル・クルーゼ鍋に移し、大きめにざっくり乱切りし たカボチャを投入。薄口醤油と塩を入れて、アルミホイルで落とし蓋をしてことこと煮ます。せん切りショウガを入れてもいいけど、今日はなし。甘めのカボチャの味をそのまま 楽しんでみよう。
カボチャはあっという間に煮えるので、その他の料理も作らなきゃ。白菜はどうしようかなあと頭をひねったのですが、だし汁で煮るのではカボチャ煮と同じような味になってしまうので、塩もみにしてみます。ざく切りにした白菜をボウルに入れ、小さじ一杯ぐらいの塩を投じて手でかき混ぜ、しばらく放っておきましょう。
これで二品。もう一品ほしいよね。木綿豆腐をどうするか。今日はそんなに寒くないから、温かい料理はカボチャ煮だけでいいかな。じゃあ木綿豆腐は冷や奴で。いつもなら塩で食べるけど、カボチャも白菜も淡い味なので、ちょっと刺激がほしい。そうだ、ニラ醤油をかけるか。醤油に、刻んだニラとタカノツメ、それからゴマ油を少し足したものを冷蔵庫に常備してあるのです。
木綿豆腐はパッケージから取り出すと、水気を振ってキッチンペーパーに包んでおきます。水をきちんと切るだけで冷や奴の美味しさはまったく別物ですね。
そうそう、いつものお茶も淹れなければ。私は自宅で仕事をすることが多いので、兵庫県の実家から送ってもらっている丹波市山南町の「十健寿茶」という茶葉をやかんで煮立て、保温ポットにたっぷりこしらえておくのです。
そうこうしているうちにカボチャが煮えてきました。竹串でつついてみると、すっと刺さるぐらいに。湯気とともに、美味しそうな香りがたちのぼっています。木綿豆腐を手で軽く崩してお椀に盛り、上からニラ醤油を軽くかけまわします。
白菜は汗をかいて、じんわり水分を浮かせています。てのひらでぎゅっと握って塩水を絞り出しましょう。このままでもいいけど、ちょっと酸っぱい味もいいかな。醤油とみりん、酢を少し入れて土佐酢っぽいものをほんの少し作り、白菜とあえます。酢をすーっと吸ってひたひたになったのをそのまま器に。白ゴマを振ります。
前に炊いてあった五分づきの冷凍ご飯を電子レンジで温め、めし碗に移します。カボチャ煮はル・クルーゼごと食卓に。熱々のをお汁ごと、めいめいの汁椀によそって食べましょう。白菜の酢の物と、ニラ醤油の冷や奴。五分づきのご飯。食卓について時計を見ると、時間は午前十時半。さあ食べて、もりもり仕事しよう!
わたしは妻と二人暮らしで、外食の予定がないときにはこのような料理をわたしが朝と晩、毎日つくっています。つくる料理はとても地味で、おまけにとてもかんたんなものばかりです。凝った料理はほとんどつくりません。
この連載ではこれから、じゃあどうやったらそんなふうな生活を送れるの? 私にもそんな料理ができるの?という疑問にお答えし、とてもかんたんでシンプルで素朴で、でも美味しい食事をつくる方法をお伝えしていこうと思います。
佐々木俊尚 作家・ジャーナリスト。 1961年兵庫県生まれ。早稲田大政経学部政治学科中退。毎日新聞社などを経て、フリージャーナリストとしてIT、メディア分野を中心に執筆している。忙しい日々の活動のかたわら、自宅の食事はすべて自分でつくっている。妻はイラストレーター松尾たいこ。「レイヤー化する世界」(NHK出版新書)、「『当事者』の時代」(光文社新書)、「キュレーションの時代」(ちくま新書)など著書多数。
『家めしこそ、最高のごちそうである。』HONZにて集中連載!
第1回 はじめに
第2回 1970年代の家庭料理とは?
第3回 1970年代の外食は、化学物質とまがい物の時代だった!
第4回 外食ブームの陰で家庭料理は
第5回 健康的な食生活はだれでも送れる
第6回 美食でもなく、ファスト食でもなく
第7回 まず最初に、食材から考えること
第8回 「足す」料理と「引く」料理
第9回 【レシピ①】鶏もも肉と白菜だけでつくる究極の水炊き、自家製ポン酢とともに
第10回 【レシピ②】スーパーで売っている「焼きそばセット」を美味しく食べるすごい秘訣
第11回 【レシピ③】見た目も超旨そうになる、絶品キノコ鍋
第12回 【レシピ④】みんなの集まる家呑みで、全員が満足する料理。豪華なちらし寿司。