【連載】『家めしこそ、最高のごちそうである。』
 第5回:健康的な食生活はだれでも送れる

2014年2月24日 印刷向け表示

稀代のジャーナリストが語る、家庭料理の極意。新聞記者時代の激務による影響で体調を崩した佐々木さんは、断食を経験することによって日常生活を見直すきっかけをつかみます。第5回は、断食体験以降に考えた、これからのライフスタイルについての話。

断食体験以降、私の中で生活に対する姿勢や家庭料理への考え方、ライフスタイルなど、さまざまなことが変わりました。

『家めしこそ、最高のごちそうである』(マガジンハウス)は2月27日発売

わたしの日常生活は、とてもシンプルになりました。たいてい朝は午前6時に目覚め、メールチェックとインターネットでの情報収集。ツイッターで私をフォローしてくれている約20万人の人たちに向け、今日気になった記事を毎朝10本ほど紹介しています。

8時になるとパソコンを閉じて、スポーツジムへ。決まったように時速10キロで5キロ走ります。

帰宅すると妻と自分の分のブランチを作り、洗い物も終わらせるとコーヒーを淹れ、そしてお昼ごろから仕事を開始。取材や講演などのない日は、こぢんまりとした静かな仕事部屋で一日中原稿を書いています。ずっと資料の本や論文を読みこんでる時もあります。

遅くとも午後7時ぐらいには仕事を終え、晩ごはんを作りはじめます。午後の執筆のころから、「今日は冷蔵庫の中になにが残っていたかな。あれとこれを組み合わせてあれつくるか……」などとあれこれ頭をめぐらせています。論理に論理を積み重ねたややこしい原稿を書きながら、それとはまったく別にレシピのことを頭の片隅で考えておくというのが、なんだかリフレッシュになって心地いいんですよね。

お酒を軽く飲み、晩ごはんを終えたら、お風呂に入って午後10時過ぎにはベッドに入ります。これで一日は終わり。

ジャーナリストという仕事は、昔は「破滅的な人生でカッコいい」みたいなイメージもありました。犯罪や戦争などを取材するのがジャーナリストで、ヘリに乗って現場を駆けめぐる……なんていう仕事だと勘違いしている人も多かったようです。

でも私は自分のジャーナリストという仕事を、「いまこの社会で起きていることの意味を捉えて、それを概念化して言語に変換し、読者に提示すること」という定義で考えています。正義の味方などではありません。そもそも「正義」ってなんなのか。「正義の反対は悪ではなく、また別の正義である」という誰が言ったのかわからないけど有名なフレーズがありますが、軽々しく「正義」ということばを使う人はあんまり信用できません。社会の価値観は流れ流れて変わっていくし、その流れのありさまを見つめていくことこそが、わたしの仕事じゃないかと思っています。

だからジャーナリストというのは別にカッコいい仕事ではないし、毎夜毎夜新宿ゴールデン街とかに行って、酒をグワーッと飲んで喧嘩して殴り合いして、地べたに横たわって寝て、次の日の昼まで寝ているような破滅的な仕事でもありません。

いまそんな生活スタイルしていて、身体を壊してもだれも責任取ってくれませんし、どんな仕事であろうとも、いかに規則的に正しい仕事をして、自分を自分でコントロールするかというのが大事な時代になってきているのではないかなと思います。

いまの時代は、とても不確実です。不確実で、流動的です。先のことは誰にもわからないし、予測できません。

商売の世界なんかも本当にそうで、みんながなにを買ってくれるのかが皆目わからなくなっています。だからどこの会社の人も、たいへん苦労しています。

もはやみんなが「ほしい」と思うようなモノなど、ほとんどなくなってしまいました。生活文化を豊かにするためのモノは、もう充足してしまっているのです。あとは個人個人の好みに応じ、趣味や生活志向によって購入されるものだけです。そうしたものは今後も売れ続けるでしょうが、ひとつひとつの商品の市場はとても小さくなってしまいますよね。

たとえばスマホが普及すると、高性能なカメラもおまけでついてくるので、カメラは要らなくなってしまいました。それでも高級なコンパクトデジカメや一眼レフを買う人はいなくはならないでしょうけれど、そういう趣味性の高い商品はそんなに数は売れません。また「作れば売れる」というわけではないので、何が売れるのかを予測するのも、とても難しいということなんですよ。

家電もそうです。テレビが普及し、エアコンが普及し、冷蔵庫も洗濯機もあり、携帯電話もほとんどの人が持っています。ではこれから何を売るのか? ということがわからなくなってしまったんです。

だからいまやただひとつ確実なのは、「世の中は不確実で何も予測できない」という真実だけ、というすごい状況なんですよ。

不確実であることに対処するためには、どうすれば良いのでしょう。人生の機動力を高め、勤め先の会社に頼りきることなく、身軽にすいすいと渡っていけるようにすること。

身の回りのものを減らして、急に家賃が払えなくなったりしても、いつでもどこにでも引っ越して、生活を続けられるようにすること。

生活をシンプルにして、余計なものをたくさん背負わないこと。背負えば背負うだけ、機動力は乏しくなって、不確実な時代に対応できなくなっちゃうからです。

でもそれは、生活を投げ出してしまうということではありません。余計なものを背負わないんだ、といってキッチンの鍋やフライパンを全部捨て、コンビニのお弁当だけを毎日食べていれば、確かに持ち物はさらに少なくなりますよね。

もちろん、そうではありません。

モノは極限にまで減らし、生活をシンプルにしていく中で、でも「私たちはどうやって生活を楽しんでいくのか」というライフスタイルについてだけは、ちゃんと構築していくべきだと思うんですよ。

不確実な時代だからこそ、生活だけでも構築的に。

不確実な時代に、不確実な生活を送っていたら、私たちは何も依拠できるものがなくなってしまいます。せめてライフスタイルや、「誰とつながるのか」という人間関係ぐらいは、ちゃんと構築して良く生きていこうというのが、この連載のわたしのメッセージなんです。

そういうライフスタイルや人間関係を構築的に生きていくのが、21世紀にはいちばん適しているんですよ。

*

けんちん汁は具材が煮上がって味付けしてから、最後に崩した豆腐を乗せる。

じゃあ「構築的なライフスタイル」ってなに?

私は、それは自分で納得できる美味しいごはんをちゃんとつくって、健康的な食生活を送っていくことだと考えています。

「健康的な食」というと、無農薬有機野菜とか、マクロビとか、オーガニックとか、そういう「お金持ちの奥さんの趣味」みたいなイメージを抱く人もいらっしゃるでしょう。

とびきり値の張る食材に、手のこんだ面倒くさそうなレシピ。その割にできあがった料理は味が薄くて、素材感が強すぎて食べにくい―。こういう料理にはそういうイメージが強いんじゃないかと思います。

でもわたしが提案しようとしているのは、そういう「健康的だけど、値段が高くて、面倒で、でも食べにくい」料理ではありません。

まったく逆に、「健康的で、値段が安くて、超かんたんで、そして食べやすい」料理なんです。

だからこの連載で紹介していく食は、オーガニックでもないし、マクロビでもない。

かといって、腹の足しにならない素食でもありません。さらには、豪華な食材なんかをふんだんに使う美食でもありません。
 

佐々木俊尚  作家・ジャーナリスト。 1961年兵庫県生まれ。早稲田大政経学部政治学科中退。毎日新聞社などを経て、フリージャーナリストとしてIT、メディア分野を中心に執筆している。忙しい日々の活動のかたわら、自宅の食事はすべて自分でつくっている。妻はイラストレーター松尾たいこ。「レイヤー化する世界」(NHK出版新書)、「『当事者』の時代」(光文社新書)、「キュレーションの時代」(ちくま新書)など著書多数。

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