【連載】『家めしこそ、最高のごちそうである。』
第8回:「足す」料理と「引く」料理
稀代のジャーナリストが語る、家庭料理の極意。『家めしこそ、最高のごちそうである。』がいよいよ本日発売!大好評連載中の第8回は、味付けの極意をご紹介いたします。
わたしの友人に岡野延弘さんという料理人がいます。いまは赤坂で「美音」というレストランを開いています。彼のつくる料理は味つけは極力ひかえ、素材そのままの味を前面に押し出していて、いつも驚かされます。
最後に出てきた〆の土鍋ご飯。目の前で岡野さんが小ネギとミョウガを細かく刻み、土鍋に投じます。そしてゴマ油をたらりと垂らし、白だしを振りかけました。熱々のままさっと混ぜてお椀によそい、「さあどうぞ」。淡泊な白だしの味に、ぷうんとゴマの香りが混じり合い、それを薬味の青さが締め、すべてがからみ合っています。絶品としかいいようがありません。ある冬の寒い夜、美音で日本酒とともに刺身や自家製の生ハムなどを楽しみ、メインで出てきた肉料理。牛肉の薄切りを鍋で日本酒とともにさっと蒸し煮し、それをアサツキを細かく刻んだ上にのせてあります。お酒のほんのりとした甘さが肉の旨味を引き出し、その旨味でアサツキが蒸されて、なんとも言えない風味です。
わたしは彼に料理の考え方のようなものをたくさん教えてもらいました。彼に教えてもらった言葉のひとつ。
「佐々木さん、料理には『足す料理』と『引く料理』があるんですよ」
「足すと引く?」
「フレンチのブイヨンや和食のだしは、雑味をいっさい入れないでつくる。弱火でことこと煮詰めたり、カツオ節をさっとゆでたりといったつくり方の違いはあるけれど、どちらも雑味をなるべく減らして、味を研ぎ澄ますのが同じなんですよ。だからだしは『引く』って言う。足さないの」
「なるほど」
「ラーメンスープはフレンチや和食とはかなり違ってる異色の世界で、鶏のガラとか豚骨、野菜をガンガン沸騰させて長時間煮込んじゃう。これはどっちかというと『足す料理』。カレーライスとかもそうで、味をどんどん足していってつくる。でもフレンチや和食のプロがつくる料理は、足さないんですよ。できるだけ引いていくというのが基本なんです」
ラーメンの世界は別にしても、家庭料理って「足す料理」が多いように思えます。たとえば具材をなんでも入れる寄せ鍋とか、岡野さんも指摘しているカレーライスとか。「チョコをちょこっと入れると美味しい」「ケチャップを少々、それに野菜ジュースも」とか、カレーにいろんな隠し味を入れて楽しむ「お父さん料理」みたいなのは昔からわりに一般的ですよね。カレーってルーの味がたいへん強いので、かなり強いスパイスでも入れない限り、隠し味にあまり意味がないと思います。逆にいえば、ルーの味が強いからヘンな隠し味を少々入れたって、まずくなる心配がないから「お父さん料理」に向いているということでもあるのですが。
食材はたくさん入っているほうが、なんとなく豪華なイメージがあります。たったひとつの食材しか入っていない鍋物よりは、いろんな食材がてんこ盛りになってる寄せ鍋のほうが見た目が派手だし、美味しそう。たくさんの野菜もとれて、栄養バランスも良さそうだという雰囲気で、具材や味をどんどん足していくほうに押し流されているんじゃないかと思います。
ゴテゴテした「足す料理」は、素材を食べるというよりは、調味料の味を食べる料理になってしまっています。お父さん料理のカレーライスは、そもそもカレールーの味が濃いのに、さらにいろんな味を足していっているから、具材のジャガイモやニンジンの味なんてもうどうでもよくなってしまっている。
スーパーで売っている「寄せ鍋の素」みたいな商品もそうですよね。昆布だしやカツオだしにうま味調味料とか魚醤とかを混ぜてかなり複雑で濃い味にしてしまっているので、これで鍋をつくると、具材の味を楽しむというよりは、調味料の味を楽しむ鍋になっちゃう。中華料理の素とか、シチューの素とか、みんな同じです。
うま味調味料の味って、慣れてしまっているとあまり存在を感じなくなりますが、日ごろ使ってない人間が口に入れるとすごく濃く感じます。前にも書いたように、化学調味料そのものが身体に悪いわけではありません。化学調味料の問題は、化学調味料そのものの人体への影響ではなく、うま味調味料を使うと味が濃くなってしまい、素材の味が楽しめなくなってしまうということなんですね。
「濃い味」って、極論すれば、依存症みたいなものです。慣れてしまうとますます刺激がほしくなって、さらに濃い味を求めてしまう。辛いものが好きな人がどんどんエスカレートして、激辛合戦やってるのとかはその典型ですよね。
でもそうやって「濃い味依存症」になっていくと、どうしても脂分などをとり過ぎることになり、カロリー過多にもなります。コンビニの食事やスーパーの総菜を中心に食生活を組み立てているだけじゃ、健康的な生活は送れません。
国立国際医療研究センターや国立がん研究センターなどの研究チームが、2013年末に衝撃的な調査結果をまとめています。それは野菜や大豆、海藻、キノコなどを中心にした健康的な食生活をする人は、肉やパンを中心とする欧米型食生活や、ご飯や味噌汁などの伝統的な食生活の人たちと比べて、自殺のリスクが半分になっているというものなのです。
この調査は、40歳以上70歳未満の男女9万人を、8年半もかけて追跡した大がかりなものでした。その結果、野菜や果物、芋、キノコ、大豆、海藻、魚などを多く食べて、緑茶をよく飲んでいる人たちは、少ない人たちに比べて、自殺するリスクが男性で47パーセント、女性で46パーセントに下がっていたというのです。
科学的な因果関係ははっきりしませんし、「自殺を考えないような人たちだから、健康的な食生活を送れている」という逆の因果関係だった可能性もあります。でもそうであるにしろ、そうやって構築的に健康的な食生活を送るってことは、わたしたちの人生を豊かにしていくことは間違いないとはいえると思います。
だからセンスの良い料理というのは、ゴテゴテと濃い料理ではなく、「引く料理」。食材をいっぱい使った「足す」家庭料理じゃなく、少ない食材をシンプルな調味料で楽しむミニマル(極小)な料理をつくりましょう。
「引く料理」は、素材の味を楽しむ料理です。日本のだしなんかは典型ですが、和食はだしそのものの味を楽しむというよりは、素材の味を強めるための基盤として存在しています。こういう薄い調味料で料理をつくると素材の味が前面に出てくるので、素材そのものを楽しめるようになります。
佐々木俊尚 作家・ジャーナリスト。 1961年兵庫県生まれ。早稲田大政経学部政治学科中退。毎日新聞社などを経て、フリージャーナリストとしてIT、メディア分野を中心に執筆している。忙しい日々の活動のかたわら、自宅の食事はすべて自分でつくっている。妻はイラストレーター松尾たいこ。「レイヤー化する世界」(NHK出版新書)、「『当事者』の時代」(光文社新書)、「キュレーションの時代」(ちくま新書)など著書多数。
『家めしこそ、最高のごちそうである。』HONZにて集中連載!
第1回 はじめに
第2回 1970年代の家庭料理とは?
第3回 1970年代の外食は、化学物質とまがい物の時代だった!
第4回 外食ブームの陰で家庭料理は
第5回 健康的な食生活はだれでも送れる
第6回 美食でもなく、ファスト食でもなく
第7回 まず最初に、食材から考えること
第8回 「足す」料理と「引く」料理
第9回 【レシピ①】鶏もも肉と白菜だけでつくる究極の水炊き、自家製ポン酢とともに
第10回 【レシピ②】スーパーで売っている「焼きそばセット」を美味しく食べるすごい秘訣
第11回 【レシピ③】見た目も超旨そうになる、絶品キノコ鍋
第12回 【レシピ④】みんなの集まる家呑みで、全員が満足する料理。豪華なちらし寿司。