そもそも「国家」なのか?
あの国を動かす原理は何か?
私たちはどう付き合ってゆけばいいのか?
オビに書かれた言葉と、毛沢東が掲げられている天安門広場の写真。これらが、本の内容を端的に表している。
本書は、2012年の新書大賞に輝いた『ふしぎなキリスト教』で大いに議論を巻き起こした橋爪さん・大澤さんコンビに大学時代からの友人の宮台さんが加わり、中国に関して対談した本だ。橋爪教授は中国研究のスペシャリストであり、また、奥さんが中国人であるため、日常的にも中国に接している。
そもそも、中国は「国家」なのだろうか?これを理解するヒントになるものがあるとすれば、それは「EU」だ。つまり、中国は、二千年以上前にできた中華連合「CU」なのだ。中国目線で考えれば、考えるべきは「なぜ二千年以上前に中国と言う巨大国家ができたのか」という問いではない。「なぜ、EUは統合するのが二千年以上も遅れてしまったのか」である。
恐らくそこには地理的な要因があった。土地が平坦な中国は移動の自由度が高く、戦争が容易で、政治的統合が早くから進んだ。政治的統合とは、要は、戦争をしないための仕組みのことだ。逆に地中海やアルプス山脈によって交通が妨げられていたヨーロッパは、複数の民族が異質なままで残った。統合は、「宗教」という、交通の便が悪くても伝わる「情報」によって媒介されるまで起こらなかった。政治をベースとする中国の社会、キリスト教をベースするEUの社会には、歴史的な経緯がある。
本書では、中国に脈々と流れる大陸文化のDNAが、4部構成で考察される。
第1部では、中国文明の本質的な特徴が議論される。漢字という「表意文字」は、広大な地域を取り纏めるために役だった。発音が異なる多くの方言を抱える中国では、表音文字では意思の疎通ができない。漢字は、ピクトグラムのように、見るだけで意味を伝えることができるユニバーサル言語であった。これ以外にも、法家と儒家、世襲制と科挙など、巨大な国家を政治的に安定させる仕組みが次々に説明される。おもしろいのは「天」という概念だ。「天」には人格がないが、時の為政者は「天に選ばれた」と解釈される。ある意味、中国は神政制(民主制の反対)なのだ。共産党の1党独裁もそのように解釈できる。一方で、次の権力者が新たに登場するのも天の意思ということになり、国全体がガラリと相転移するのが中国の特徴だ。
第2部は、中国の「近代化」と、毛沢東という驚きの存在について語られる。「近代化」とは、要はヨーロッパ・キリスト教文明が影響を与えていくプロセスである。確固たる文明をもっている中国は、近代化に時間がかかった。大躍進政策、文化大革命等の失敗したように見える改革を行った毛沢東が、なぜ権力を維持できたのかについても考察されている。毛沢東は、権力の頂点にすっぽりとはまった特異点だったのか。単位(ダンウェイ:職業グループ)、個人档案(生まれてから死ぬまでの間作成される内申書)、政治委員等、社会の隅々まで行き渡ったシステムが今でも共産党の支配を支えているということが興味深い。
第3部では日本と中国の歴史問題が取り上げられる。中国、日本、朝鮮半島の人では、どのように世界を見てきたかという「コグニティブ・マップ(認知地図)」が互いに全く違っている。中国から見て、日本の大陸進出はどのように見えたのか。もし立場が逆で、南京が東京だったら、という喩えを用いた橋爪先生の解説が大変わかりやすい。歴史問題の解決のため、どのような認識で取り組むべきかという議論が興味深い。
第4部では「日本のいま・中国のこれから」というテーマで、改革開放以降の中国と、これからの日中関係が議論される。改革開放において「社会主義市場経済」という絶対矛盾的自己同一のような概念を発明した鄧小平が如何に興味深い人物かということが改めてわかる。橋爪先生が鄧小平研究の決定版だと言う『Deng Xiaoping and the Transformation of China』、まもなく日本語版が出版されるそうだ。これは是非読みたい。これからのことを考えると、成長を続けている中国に、日本はどのように接していくべきだろうか。本書では、やや意外なことに、日本はアメリカ・キリスト教文明側にくっついていくべき、という冷静とも今まで通りとも言える結論に落ち着く。もしアメリカの国力が下がったとしても、欧米やインド、イスラムの国は、透明性があり、説明責任を果たしているアメリカの覇権を望みサポートするだろうというのが理由だ。もちろん、盲目的な外交は意味しない。
話を聞いていてね、そんなにバカで愚かな人間は、中国にはいない。北朝鮮にもいない。アメリカにもいない。いるのは日本だけだ。その連中をどう退治するかがまず、中国とまともにつき合う第一歩だと思います。この本の読者は怒ってください。
怒ってくださいと言われると、なかなか怒れない。
数ある中国本の中で本書が際立っているのは、社会学的な切り口によるものだ。今回の本では中国、前回の本ではキリスト教を題材に、文明の本質的な部分を掘り下げていく。中国の「現在」についての情報は、もうすぐ過去のものになるが、本質は引き継がれる。翻って日本を相対的に見ることもできるだろう。私には、ヨーロッパが中国に数千年遅れて統合したことは、その後のヨーロッパの競争優位性と相関があるように思われた。地理的に交通が難しいという問題を乗り越えた成果だ。外交課題が多い日本、逆に、良い人材やツールが出てきたりしないものだろうか。
現代中国の1つの切り口。新井文月のレビューはこちら
もう1つの切り口。栗下直也のレビュー、代表成毛眞のレビューをどうぞ。
毛沢東 その1
毛沢東 その2
おそるべし中国4000年。。
村上浩のレビューはこちら