コロナ禍で「おくりびと」になる。『親父の納棺』

2022年8月13日 印刷向け表示
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作者: 柳瀬 博一
出版社: 幻冬舎
発売日: 2022/8/3
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コロナに右往左往させられるこのご時世、ロクに会えなかった父親が逝ってしまったとしたら。そんなとき、自分なら何ができるだろう? 父親を葬るという、誰にでも起こりうる人生の1ページを、『国道16号線』などの著作でも知られるメディア論の教授が綴った。こんな見送りの方法もあるのだ、と優しい気持ちになるエッセイのような一冊だ。

2020年の9月、著者の柳瀬さんは、故郷の浜松で父親の顔を見て、仕事のある東京へと戻る。3カ月間父親が入院していた病院のエレベーターホールでの束の間の20分間だけだ。著者は、日経B P社で書籍や雑誌の編集、広告プロデュースを経て、現在は、東京、大岡山の東工大でメディア論の教鞭をとる。三浦半島の小網代で自然保全活動に勤しんだと思えば、達者な語り口でラジオのパーソナリティを務めることもあり、コロナ禍でもオンラインを駆使してご活躍されている。

2021年5月に、退院後に特別養護老人ホームに入所していた父親が亡くなり、柳瀬さんは浜松へ戻り、久しぶりに父親(の「からだ」)と過ごすことになる。2020年1月以来、世界を脅かしてきた新型コロナウィルスは、私たちの生活を一変させ、家族・友人を含め人との物理的な距離を強制的に取らせてきた。柳瀬さんの場合、父親が罹患したわけではないが、その死に目に会えないという状況に直面せざるを得なかった。同じ目に遭った人は数多くいるだろう。そして、高齢の親を持っていたら、今後自分がそういう目に遭わないとも限らない。

浜松でのお通夜と葬儀は、徹底的に簡素に行うことになる。何しろ2021年5月といえば、東京都などには緊急事態宣言が実施されており、人を呼べる時期ではなかった。実家の母親、東京にいた弟、海外在住だが帰国していた妹、そして、母親の妹、お通夜はこの5人だけで、実家の父親が寝ている部屋にて。葬式はご両親が通っていた地元のカトリック教会にて、本当に近しい20人ほどだけで。

このお通夜の準備にやってきた葬儀会社の50代男性社員の説明の後、一緒にやってきた納棺師の女性の言葉が、コロナ禍における異常事態の中で、柳瀬さんの父親の葬儀という行為を、特別なものに変えていく。亡くなった人が荼毘に付されるまでの様々なケアを「エンゼルケア」というそうだが、このためにやってきたのがこの「すず」さんだ。勝手に柳瀬さんが『この世界の片隅で』の主人公から呼び名を拝借したらしいが、このすずさん、着替えの具体的な服装の相談の後に「お父様のお着替え、お手伝いされませんか」と兄弟(妹さんはまだ間に合っていない)に声をかけるのだ。

「ぼくらが、ですか?……あの、やってもいいんですか?」

と声をうわずらせる柳瀬兄弟なわけだが、読んでいる立場からしても、同情しながらここは読んだ。プロの仕事に手を出すのもどうなのか。ご遺体を壊しちゃうんじゃないか。なんて、私も同じことを考えそうだ。『おくりびと』(2008年)の映画でいえば、山崎努さんや本木雅弘さんの役の人がやることじゃないの?

親父のパンツを穿かせる。そのためにはまず紙おむつを脱がせてから。陰茎が見えて、自分の行く末を考える。同性の母親には、女性も似たようなものを感じるので、この気持ちはよくわかる。シャツを着せるために、父親の腕に手を沿わせて、それから手を握る。

そういえば、解剖を日常的に行う人に、目と手は「やりにくい」と聞いたことがある。遺体において、人間性が最後まで宿るからだという。理由は、他人を見るときにいちばん注目する部位だからだろうとのことだった。

それは柳瀬兄弟もそうだったようで、父親の手を握ることで、親子といえど長らく会えず距離ができていたその関係性に、劇的な変化が生じる。

一番の趣味は釣りだったという柳瀬さんのお父さん。ハゼやキス、メゴチを釣っては天ぷらにしてくれ、柳瀬さんは子供の頃からお腹いっぱい飽きるほど食べたという。その天ぷらをあげていた親父の手、なのである。

そこでは「おかえり」という言葉が使われていて、私は不覚にもここで涙した。「さわる」ことから「ふれる」ことに変わっていく瞬間だ。このあたりの変化は、やはり実際に「ふれた」人だからこその記述なので、本をきちんと読んでみて欲しいが、秀逸だ。

通夜と葬儀はzoomを駆使して無事に行われ、その後、本の後半では、柳瀬さんは、持ち前の好奇心も相まって、体にふれることの意味や、「ケア」という行為について考察を深めていく。自らの主観が変わる様子を観察してメモし、それを伝えてくれている。その辺りは常人には真似できないところだ。実際に遺体に触れて、自分がどんなふうにその感覚を得て変わっていくかを味わうこと。事実関係だけを並べるのは簡単なのだが、この本を読んで、追体験してみてはどうだろうか。すでに両親を亡くした人も、これから何があるかわからない人も、少しだけ何かが変わるように思う。

柳瀬さんのお父さん、安らかにお眠りください。

いつの間にか私もそう口にしていた。

これは読書で追体験したことでお父さんが他人ではないような、どこか自分の父親と重ねる気持ちが生まれてのことなのかもしれない。

作者: 伊藤 亜紗
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作者: 青木 新門
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作者: 養老 孟司
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作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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