米連邦最高裁判所は2022年6月24日、約半世紀ぶりに人工妊娠中絶の禁止を認めない判断を下した。全米50州のうち約半数で中絶が規制される見通しという。アメリカでは「母になるかどうか」を自分で決められなくなったのだ。
『母親になって後悔してる』はイスラエルの社会学者が、平均三人の子をもつイスラエル人女性の中から、母になったことを後悔している人を厳選し、聞き取り調査を行った報告書である。対象は幼児を持つ人から、既に孫を持つ年配者まで幅広い。
どこの国でも子どもを持たない女性に対するプレッシャーはある。「子どもがいないと後悔するぞ」という一種の脅し文句は世界共通で、もちろん日本でも存在し、私もそんな言葉を浴びさせられた一人だ。
だが「育てる自信がない」「子供を好きになれない」という母親へのカウンセリングは為されても、子どもは可愛いし育てる自信もあるが、母である自分が嫌い、という気持ちは理解されにくいだろう。
そこには「母親のイメージ」に縛られる自分に違和感を覚える女性の生々しい姿があった。理想的な母親像は自分の姿ではない、他に私がいるはず、という感情は読み進むうちに当たり前ではないかと考えるようになった。母性に関する非常に特殊で出色の研究であると思う。
子供を育て上げ、夫を見送った老婦人が87歳でユーチューバーになった。多良美智子が『87歳、古い団地で愉しむひとりの暮らし』を執筆当時、チャンネル登録者数は6万人を超えていたという。
長崎で8人兄きょうだいの7番目として生まれ、小学5年の時に被爆。幸い病気になることなく27歳で結婚し、夫とともに神奈川県に。1967年に家族5人で賃貸の団地に引っ越し、それ以来55年同じ場所に住んでいるという。
7年前に夫を亡くし、ひとり暮らしになってからは自分の居心地の良いように部屋を整え、自分の城を作り上げた。そんな中、中学生の孫とともに立ち上げたYouTube「Earthおばあちゃんねる」で紹介したシンプルな生活が共感を呼ぶ。
読書や編み物、庭仕事が好きで、一人でいることが苦にならず、かといって人づきあいもほどほどで、退屈しないように自分でスケジュールする。一日三食きちんと食べ晩酌も欠かさない。娘や息子たちともつかず離れずの距離を保ちつつ、お互いを気づかう。お金の使い方も隠さず披露して、倹しいながら贅沢に時間を使う。
孫に誘われたとはいえYouTubeという文明の利器が著者の意識を大きく変えた。多分、こんな風にひとり暮らしを楽しむ老婦人は日本中に存在しているのだろう。
掲載された多くの写真の中で軽やかにほほ笑む姿がステキだ。こういう風な晩年を過ごしたい、と憧れる生活がここにある。(小説新潮8月号)