冒頭、著者の鮫島浩は横浜中華街の料理店に妻と二人で入る。2014年当時、朝日新聞の特別報道部デスクを解任され、ある記事の責任を問われて蟄居謹慎の身だった。そこで演奏される二胡の音に涙した鮫島に妻の放った言葉は強烈だった。
あなたはね、会社という閉ざされた世界で『王国』を築いていたの。(中略)あなたがこれから問われる罪、それは『傲慢罪』よ!
『朝日新聞政治部』は一人の花形記者が入社してから頂点に上り詰め、転落していく様が本人によって詳細に語られた、今までに類を見ないドキュメントである。
大上段に構えれば、政治に対してジャーナリズムはどうあるべきかという大命題に奮闘した姿であり、卑近な事実として語れば、朝日新聞社という会社の中で起こった勢力争いの変遷でもある。
それほどの熱意もなく入社した朝日新聞で、初任地のつくば支局では争う同期もなく、のびのびと楽しく仕事を覚えた一年後、水戸支局に異動し、そこで運よく「特ダネ記者」になる。
三年目の異動先は浦和支局で支局長は大物政治記者と言われ、次期政治部長に有力視されている人物。ここで政治家と政治記者との持ちつ持たれつの関係と、情報の取得法を学ぶ。この支局長に可愛がられた結果、著者は政治部に「ドラフト指名」されて本格的に政治の世界の取材に嵌っていく。
だが1999年当時、特定の政治家に肩入れするのは許さないという緊張感が社内あったという。
自民党内の勢力争いは、即、政局に反映される。著者が政治部に在籍した5年間は小渕恵三から森喜朗、そして小泉純一郎が総理大臣の時代だ。当時の政治部長が著者ら駆け出しの記者に投げた訓示が衝撃的だ。
権力としっかり付き合え
その権力とは「経世会、宏池会、大蔵省、外務省、そしてアメリカと中国」。戦後日本政治史の実態を表したものだった。この言葉を胸に、著者は政治記者として一人前になっていく。誰がリーダーで、政局を握る者は誰か。そこに近づける一握りの記者が特ダネを取る。政治家の栄枯盛衰を目の当たりにしていく。
そして東日本大震災が起こった。
原発事故は政治報道の限界を知らしめた。運命が変わったのは政治部から特別報道部への異動だった。近い将来の新聞凋落を予想し、政治部、経済部、社会部といった縦割り取材体制を壊し組織改編を構想した部署で、震災関係の特ダネを連発する。その絶頂にあったのが福島第一原発で事故対応に当たった吉田昌郎所長が政府事故調で語った公文書のスクープだ。
この記事は絶賛され世の注目を集めたが、その後、足を掬われる。ある意味、朝日新聞が死んだ日と著者が言うような仕打ちを受け、本書を書く動機ともなった事件だ。
ジャーナリストにとって、新聞はどんな存在であったか、またこれからどうなっていくのか、内部から見つめた記者の血を吐くような思いが込められている。(ミステリマガジン9月号)