もしあなたが子育て中なら、「大学を出て、企業に就職して、定年まで勤めあげる」人生をわが子に教え込まないほうが良いだろう。素直で親孝行な子であるほど、将来、親の期待を裏切って罪の意識に苛まれる可能性が高いからだ。時代は音を立てて変わっていて、もはや「過去の方程式」は通用しないのである。
本書の著者はリーマンショックの影響を受けた就職活動で、60社から不採用をもらった経歴の持ち主だ。その時に親の期待を裏切った感覚をもったという。有料老人ホームでの介護職を選んだものの1年で辞めてしまう。その後、国語の教員免許を取り教育実習の教壇にたったが「自分には向いてない」と感じ、またも道半ばで諦めてしまう。
就活の際は「ハイヒールをカツカツ鳴らして、都会を闊歩するキャリアウーマン」に漠然と憧れていたようだが、教員は志をもって挑んだ道だったという。そこで休日に教育関係でボランティアをしようと考え、平日に派遣社員として大手不動産会社で働き始めた。そして、そこで4ヶ月後に正社員として採用されることになる。
勤務地は東京駅の目の前の丸ビル。紆余曲折を経て、運よく就活時の憧れが実現したのだ。そしてそこで人生の伴侶と出会う。起業願望が強かった彼はやがて会社を辞め、起業先としてケニアを選ぶ。「結婚してケニアで暮らそう」この申し出に狂喜したものの、親の反対が心配になったそうだ。
ただ振り返ってみると、就活で60社に蹴られたときも転職を繰り返したときも、両親は何も言わなかった。著者は「こうすれば親に喜んでもらえるだろう」という道を勝手に想像し、無意識に選んできたことに気づいた。そう考えるときっと「自分の意志を貫いても大丈夫」という変な自信を持てるようになったという。
もちろん人生の方程式を子供に教え込む親もいるのだろうが、きっと多くの場合は「子供が勝手に親の望む道を想像して自ら縛られている」だけなのかもしれない。多くの親は、我が子が自分の意志を貫いて幸せになって欲しい、と願っている。本書を読んで、そんなポジティブな想いが私の中に強烈に沸き起こるのを感じた。
ドットtoドット。まさに点から点へと辿ってきた著者の人生は、新婚生活をはじめたケニアで「あるもの」に出会って急展開する。それがアフリカ布である。その時の心境について触れた記述を引用したい。
移住当初、布市場にずらっと並ぶアフリカ布を見たとき、「正解探しをしなくてもいいんだ」と思えた。日本にいるときは周りがどう思うかを基準に色やデザインを選んでいたけれど、アフリカ布ぐらいたくさんのバリエーションがあれば、もはやそんな基準では選び切れない。だから誰かのためじゃなくて、自分のために身につけるものを選べばいい
~本書第6章「新しいステージへ」より
現在、著者はカラフルなアフリカ布を使ったビジネスを展開中だ。しかしケニアに渡るまでは「経営知識ゼロ、アパレル経験ゼロ、英語力ゼロ」だった。お金もなくて尻込みしていたのだが、夫から「いまは経験に投資しな」と声をかけられた。やがて、行動しない自分になるのが一番怖い、と思い直した著者はクラウドファンディングに挑戦する。
そしてtwitterでの販売を開始。アフリカ布のファンでき、トラブルも乗り越え、「CEOは決断するたびに成長する」という言葉を夫からもらったりしながらビジネスが回り始める。著者の年収は会社員の頃に比べて4分の1にも満たないほどに下がってしまったけど、お金への思考が大きく変わったという。とても参考になるので抜粋したい。
①“いくら貯めるか”よりも“なにに投資するか”が大事。
②お金がなくなったら稼ぐ方法を考えればいい。
③出ていくお金を気にするのは時間の無駄。
④お金がなくても幸せを感じる方法はそこら中に転がっている。
~本書第3章「ビジネスのはじまり」より
ケニアに移住した当初、治安が悪いということを人から聞かされ「一歩外に出るとやられる」と勘違いして行動できない時期が続いたとき、著者にとって踏み出す「最初の一歩」は門番の人に「Hello.How are you?」と挨拶することだったという。前日の夜から緊張して震えていたそうだ。
それを乗り越えた延長線上に今の著者がいる。「河野の嫁」としてSNSデビューした彼女が「河野理恵」として一冊の本を出すまでになった過程を、本書を読むことで多くの方と共有したい。感動を分かち合いたい。ただ自分に嘘がつけない一人の女性が、ドットをつないで遠く離れたケニアの地で羽ばたいたのである。
飛び立ったあとは多くの成功ストーリーと同じ道をたどっている。一人また一人と仲間を増やしていったのである。いまでは、高校のオンラインの授業に出て講義をするという形で「若者に何かを伝える」という夢すら叶えてしまった。さらにはビジネスで研修プログラム「スタプロ」を開始した。現地で短期間で商品開発を体験するプロジェクトだ。
彼女が生み出した「RAHA KENYA」というアパレルブランドは、これからも多くの人を勇気づけるだろう。そしてそれは現地のテイラーさんに富をもたらすことにもつながる。テイラーさんが新しいミシンを買って生産力が向上すれば、産業としての規模も大きくなる。この素晴らしい循環をごく自然な形でつくりだしている彼女に幸あれだ。
人生のレールからはみだして自信を失っている若者がいたとしたら、それは少し前の河野理恵だ。ぜひあなたにとっての「最初の一歩」を踏み出してみて欲しい。それは他人から見ればごく小さな一歩に見えるかもしれない。しかし、当人にとっては、人生を変える大きな一歩なのだ。