あつい。
この夏の「暑さ」に負けない「あつさ」を『昭和の参謀』は持っている。
444ページという新書には破格の「厚さ」、テーマにたいする著者の「熱さ」、そして、取材相手への真摯な「篤さ」、この3点を、読者は、じゅうぶんすぎるほど堪能できるにちがいない。
陸軍で、その名をとどろかせた7人の参謀(石原莞爾、服部卓四郎、辻政信、瀬島龍三、池田純久、堀栄三、八原博通)、かれらの人生をとおして、著者の前田啓介は、戦争だけではなく、戦後を、この日本という社会を描く。
参謀とは、何か?
陸軍において作戦を立てる。陸軍大学校を優秀な成績でおさめた者だけが選ばれる。エリートだった。
謀(はかりごと)に参ずる人、その日本での第1号は、フランスの陸軍大学校を卒業した小坂千尋(こさかちひろ)中尉だった(本書p.20)。おそらく、「参謀」という日本語は、フランス語のofficier d’état major を明治期に翻訳したものだろう。
近代に入って、軍隊とともに「発明」された概念であり、さらには、日本陸軍の消滅とともに姿を消した。40年ほどしか存在していない。現在の自衛隊では「幕僚」にあたると思われる「参謀」は、寿命の短さとともに、特別な響きをもたらす。
読売新聞の記者として、近現代の歴史を丹念な取材で追いかけてきた前田は、研究者ではなく立場だからこその強み=「参謀の家族をはじめとする関係者に会うこと」(p.9)や、景色を見ること(p.401)に徹する。
大所高所から「学」としての知見をあきらかにするのではない。かといって、現場にこだわりすぎるのでもない。これまでに書かれたものを、自治体の広報誌や、陸軍の親睦会誌にいたるまで博捜している。
入念な下準備があるから、関係者から尊い生の声を引きだせる。
父親は背広を着て、しゃんとしているのが父親だと思い込んでいたので。その後、お家へ帰ればどんどん変わっていくものですが、その瞬間は『この人、お父さんじゃない』と申しました(p.191)
瀬島龍三の長女・緒方繁代(おがたしげよ)は、著者に、こう語る。
瀬島の、シベリアでの11年におよぶ抑留体験は有名なので、家族との再会は、さぞかし「感動的」なものだったにちがいない。ありきたりな淡い想像は、取材によって打ちくだかれる。
著者の取材は、瀬島がモデルとの噂がたえない『不毛地帯』という山崎豊子(やまさきとよこ)によるベストセラーにも、もちろん向けられる。噂は、果たして真実なのか? その答えだけではなく、多面にわたる事実の積みかさねは、瀬島の人生観を浮かびあがらせる。
その人生観を、本書「はじめに」とともに、読者は、じかに確かめねばならない。
あの戦争の愚かさを語ることばは、これまでも、いまも、つぎつぎにくりだされる。
たとえば、本書第二章でとりあげられる服部卓四郎は、作戦課長を務めていた以上、たしかに結果責任はある。けれども著者は、簡単に断罪しない。
作戦課長として(だからこそと言うべきであろうか)、その立場を当時の価値観の中で逸脱するような発言や判断は、有能な軍官僚であればあるほど困難であっただろう。徹底して検証されるべきは個人よりも組織の問題点である。(p.117)
沖縄戦の参謀・八原博通にむける著者のまなざしは、あえて誤解をまねく言い方をすれば、かぎりなくやさしい。その「やさしさ」は、戦後日本における語り口への「きびしさ」と裏表にある。
その表裏一体こそ本書の白眉であって、401ページから5ページだけでも、その目で、著者の「あつさ」を感じてもらいたい。
本書「はじめに」(p.9)にあるように、ウィキペディアで、かれら7人の参謀を見て、生没年と、簡単な略歴を知るだけなら、たやすい。ただそれだけでは、かれらの生きてきた「戦前」、「戦中」、「戦後」、それぞれの人生模様を追体験できない。
著者の「あつさ」は、かれ自身が、大きな組織に身を置いているゆえに感じる、さまざまな不条理や不純さや非合理性への怒りからくるのかもしれない。あなたも、わたしも、なんらかの組織とかかわっている以上、やるせない体験から逃れられない。著者の怒りは、あらゆる人に通じる。
正直に書くと、わたしは、参謀の特徴を「目的のための純粋性と合理性のハイブリッド」(p.433)とする著者の見解に、100%同意するわけではない。
参謀たちの「精神性」が、私たち自身を支配している(p.434)。その結論は、戦後社会が、かれらを許すどころか重用してきた「ずるさ」を免罪してしまう、と、わたしは考えるからである。
完全には同意できないからこそ、ひとりでも多くの人に読んでほしい。戦争の、戦後の、語り方そのものを、読者ひとりひとりが問われるからである。
あの戦争をどう語るのか。それは、あなたの、わたしの人生を問う経験にほかならない。
辻政信と服部卓四郎のかかわりについては、著者の前著にもぜひあたっていただきたい。
記者魂に圧倒される。