力士というと、いかついイメージがある。でも、おすもうさんというと、なんだかほのぼのした感じがする。タイトルどおり、世界のおすもうさん、いろんな場所でおこなわれるさまざまな相撲についてのイラスト付きルポルタージュだ。
執筆は女性ライターがふたり。ひとりは、音楽や相撲についてのライターである和田静香さんで、相撲道場で稽古をつんだことがあり「マイまわし」まで持っているというフリークだ。もうひとりは、『マル農の人』などで知られる、イラストも上手な金井真紀さん。イラストはすべて金井さんだが、文章はそれぞれの章を分担している。名前どおり静かな感じがする和田さんに対して、金井さんがはしゃぎ気味という対比がおもしろい。
第一章『ちいさなおすもうさん』は和田さんが、横綱・白鵬が開催する「世界青少年相撲大会」@日本国技館に、クールに、しかし、時には熱く迫る。1200人の参加者はみんな真剣だ。負けて泣き、勝って泣き。純粋な青少年スポーツとしての美しさがそこにある。
つづく第二章は金井さん担当で、内容もテイストもずいぶんと違う。内容は「女性のおすもうさん」。知らなかったが、北海道の福島町で、毎年、母の日に「女だけの相撲大会」が開かれている。描かれるのは、そこで闘う二人の力士、いや、おすもうさん。
かたや「おでぶ山」、こなた「まこデラックス山」。しこ名を目にしただけで笑ってしまいましたがな。おでぶ山こと山本静香さんは44歳のトラック運転手。30キロもある米とか豆の袋をポンポンとトラックに積み込むのがいいトレーニングになるという。そら、なるやろ。
おでぶ山さんはぶっちぎりの強さで13年から16年まで四連覇を達成、五連覇で引退してダイエットに励もうと思っていたが、17年は不覚の敗戦。その頃から高血圧が悪化して、30キロのダイエットを敢行し、103キロまで減量。う~ん、なにもかもレベルが違いますわ。
まこに思いっきり投げられたら終わりにする踏ん切りがつくのかなぁ
まこデラックス山とはライバルではあるが、ときどき会ってご飯を食べたりをする仲だという。なんだか、巨漢女性力士ふたりの豪快な食事をそっと覗いてみたくなるのは私だけだろうか。
自分より力が強い人に会ったことがないです
まこデラックス山の言葉だ。17年に出場していきなり優勝。そして、18年も連続優勝。二年ともおでぶ山との対戦がなかったとはいえすごい。それも、これといった練習もなしで、というのがもっとすごい。そして、まこデラックス山は反省する。
なにもやってないのに勝ちましたなんて、ウザくないですか?
生意気だと思われるんじゃないかって気になっちゃって
で、総合格闘技を習うことにしたという。どこまで強なるつもりなんすか。その「破竹の勢いで二連覇中のまこデラックス山、二四歳」と、「最多優勝を誇る貫禄のおでぶ山、四四歳」がいよいよ大会で相まみえる日がやってきた。2019年の母の日のことだ。
62人が参加する大会、準決勝での対戦だったが、事実上の決勝戦だ。「立ち合い、二人とも思い切り当たった!」、勝敗のゆくえは本を読んでいただくとして、試合後、おでぶ山がまこデラックス山をぎゅっと抱き締めた。想像しただけで暑苦しくなった。あ、いや、元へ、想像しただけで大いなる感動を覚えた。
第三章も女子相撲についてだが、こちらはもっと若くて、女子高生の相撲についてである。日本女子相撲連盟というのがあって、高校生の全国大会が年に5回開かれているそうだ。とはいえ女子相撲の競技人口は600人くらいと、決して多くない。そんな中、日本で唯一の女子相撲部を持つ高校がある。京都両洋高校だ。ちなみに、この高校に男子相撲部はない。
執筆は和田さん。その相撲愛がほとばしり出る密着取材だ。相撲を愛する女同士、文章にも熱がこもりまくっている。あとでも書くが、世界相撲選手権では、けっこう女性の参加者もある。それを考えると、日本では歴史的な経緯があるために、相撲は男のものという先入観が強すぎるのではないか。なにしろ、大相撲の土俵に女性があがるかどうかで大問題になったほどだ。ジェンダーの問題はこんなところにもある。
第四章と第六章は『沖縄角力のおすもうさん』。まったく知らなかったが、沖縄には、胴着をつけて三本勝負で決着のつく角力がある。その間にある第五章は『スーパーマーケットのおすもうさん』。気はやさしくて力持ちなおすもうさんがいっぱいいてる和歌山の「スーパー松源(まつげん)岩出店」、なんだか行ってみたくなる。第七章は石川県の唐戸山で2千年近くもの間おこなわれている相撲大会についての『祭りのおすもうさん』。
『世界のおすもうさん』いうタイトルやのに、いっこも世界的とちゃうやんけ!と、怒ってはいけません。それはここからです。第八章は『韓国シルムのおすもうさん』。韓国シルムは日本の相撲とはルールがかなり違って、むしろ沖縄角力に近い。そして、絵にあるように、右の太ももにも布を巻く。プロのシルム選手もいて、男子が180名、女子が60名というのもおもしろい。ところかわれば、相撲もかわる。
第九章は、大阪の堺、大浜公園相撲場で開催された世界相撲選手権大会についての『世界からきたおすもうさん』。この大会は、日本式相撲のルールで、毎年、世界各地でおこなわれる大会だ。世界中に日本式相撲をやっている人がいるとは知らなんだ。ドイツでは女子選手が半数を占めるなどと聞くと、なんだかうれしくなってくる。
最後の第十章『モンゴルブフのおすもうさん』は、タイトルどおり、モンゴルブフ、すなわちモンゴル相撲についてである。大相撲の上位にモンゴル力士がずらっと並んでいるのだから、紹介されて当然だ。しかし、意外とブフについては知られていないのではないか。かっこいいイラストは入場する時のダンスである。腕は鷹の翼、飾りはライオンのたてがみ、ステップは種ラクダをあらわすという。モンゴルの大地にたくさんの男達が集まり、繰り広げられるブフ。その儀礼的な側面など、えらく勉強になりました。
この本には書かれていないが、トルコでは体に油を塗りたくって取る相撲があるし、セネガルではお守りを体に巻き付けたおすもうさんがいるらしい。イランの女性は足首まであるタイツにスカーフ(ヒジャブですね)を巻いて競技するとのこと。なんだか不思議な雰囲気だ。
おすもうさんの世界は思っていたよりもはるかに多様性に富んでいる。高野秀行さんが納豆を極めるべく『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』から『幻のアフリカ納豆を追え!』へと羽ばたいたように、和田・金井コンビにも次作、中東・アフリカ編を期待したい。岩波書店さん、この本が売れたら取材費をどかんと出してあげてください!
金井真紀さんの前作。農協にいて農協の考えに反する農法を広めた道法正徳さんの話。ユニークすぎて笑えます。
金井さんは文章もいいけど、イラストというかスケッチも素晴らしい。
高野さんの納豆本。目からウロコの一冊でした。内藤順のレビューはこちら。
アジアからアフリカへ飛んだ高野秀行。「本・よみうり堂」で書評を書きました。東えりかによる著者インタビューはこちら。