『羊の人類史』文化や貿易、軍事まで 羊は世界を変え続けた

2021年1月30日 印刷向け表示
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羊の人類史

作者:クルサード,サリー
出版社:青土社
発売日:2020-11-24
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羊といえば、なにを思い浮かべるだろうか。私の場合は、チェスターコートやメリノウールのセーターなど、ふだん愛用している衣類だ。浅はかながら、それ以外に思いつくことがなかった。本書では、羊と人間との思いもよらぬ関係が語りつくされている。文化、貿易、軍事など多くの面で、羊は人類の歴史に影響を与えてきたのである。

例えば、撥水性のある羊毛はモンゴルの遊牧民の移動式住居、ゲルに用いられ、肉は食料となった。世界帝国を築いたモンゴル人の機動力というと馬に目が向くが、羊もそれを支えていたのだ。

そもそも、羊と人類の関係はいつ、どこで始まったのだろうか。1000万年から2000万年前、最古の羊は氷に覆われた中央アジアで進化を遂げ、その後、世界中に移動していったという。現在、家畜として飼育されている羊は、このとき西方のヨーロッパへ移動したもので、「アジア・ムフロン」という種が元になっている。この羊は黒い上毛(ヘアー)に覆われ、柔らかな下毛(ウール)を持つ。

現在の家畜の羊とは違い、古代の羊には大きな角があった。また気温の変化によって毛が生え変わっていたというが、これは羊毛製品を作るうえでは大きな欠点だ。自然に抜け落ちる毛は、人間の都合での採集を困難にした。また、硬くチクチクするヘアーは衣類に向かないし、黒い毛は染めるのも難しい。

では、いつ頃、そしてなぜ、羊は現在のように、白いウールで覆われ、毛が抜け落ちないという特徴を持つようになったのか。本書ではさまざまな説が紹介されているが、実際はよくわかっていないらしい。しかし、この変化が人類の歴史を大きく変えたのだ。

ウールはリネンや絹、綿などより後発の素材だが、瞬く間に普及した。その秘密は、ウールの繊維が変化への順応性に優れていることにある。水を弾くとともに、水分を多く吸収できる。保温性の高さと調湿機能を持つため、冬は暖かく夏は涼しい。絹のように柔らかだが、耐火性も備えている。こんな性質を持つ繊維はほかにない。古代には兵士の耐火服として使われ、王族が着る高級な服となり、バイキングの航海を支えた船の帆ともなった。

実際、バイキングの遠洋航海と各地の植民地化に羊毛は欠かせなかった。彼らの船の帆は高密度に編まれたウールでできていたのだ。1050年当時、バイキングの艦隊を維持するためには約100万平方メートルの生地が使われていたが、その生産には200万頭の羊が必要だった。

また、産業革命以前の英国の富を支えたのも羊毛だ。英国の歴史や文化に、羊は大きな影響を与えた。新大陸アメリカが英国から独立するに至った要因のひとつが羊毛の貿易摩擦であったことは、意外と知られていない。

伝統文化の虚実を、羊毛を通して切り崩していこうとする点も読みごたえがある。例えば、格子柄の毛織物、タータンはスコットランドの文化と強く結び付いているが、「クラン(氏族)ごとに異なるパターンが受け継がれている」という神話は、近代ナショナリズムが生み出した創作であるという。羊毛は近代ナショナリズムにも深く関わっているのだ。

※週刊東洋経済 2021年1月30日号

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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