この本はある意味でホラーである。もし自分の彼女や親しい友人がマルチ商法にハマったとき、周りの人間はこんなにも無力なものなのだろうか?マルチ商法にハマるのなんて情弱!自業自得だよね。みたいな認識が自分にもあったけれど、この本を読んでからは、その認識を改めた。著者はいう。
言いかたは悪くなるが「マルチ商法なんて頭や心の弱い人が巻きこまれるものだ、自分とは程遠いところの話だろう」、まだまだそう思っている人が多いはずだ。だがマルチ商法は思わぬところから私たちの生活に侵入してくる。そして侵入してくることに気づくことは難しい。
SFやホラーで、気づかないうちに周りの人が宇宙人などに身体を乗っ取られていて、別人になっていた。というようなことがあると思うのだけど、マルチ商法にハマった妻というのが、まさにそんな感じなのだ。マルチ商法にハマったことで、人格が変わっている。中でも驚愕したのが別居後に妻から送られてきた手紙である。私はそれを読んで凍りついてしまった。
私はその手紙を読んでも、内容がまったく頭に入ってこなかった。というのも、マルチ商法のX社の商品はこういうところがすごい!空気清浄機は世界でシェアが1位なの。サプリはサッカーチームのスポンサーもしているの。何でも使っているわけじゃなくて、これはよくないから使ってない。そこの会社の商品を使うようになって、こんなに褒められるようになったの。というようなことが書かれているのだが、なぜこのタイミングでというのもあり、何を言いたいのかが理解できない。洗脳やマインドコントロールされた人ってこんな感じになってしまうのかな?と思ってしまった。ちなみに上記の情報をググるだけで、本書に出てくるX社がどこの会社なのかは誰でもすぐにわかるだろう。
ところで、マルチ商法と聞くと皆はどのようなイメージを持っているだろうか?マルチ商法自体は違法なビジネスではない。法的に認めらている「連鎖販売取引」という販売形態の通称だ。合法ではあるが、特定商取引法において厳しい規制を受けている。皆が思い浮かべるマルチ商法というのは、そういった規制を守っていない「悪質なマルチ商法」のことをさす。
ファミレスやスタバ、画家の名前を冠した喫茶店で、マルチ商法の勧誘をしている人たちとよく出くわす。マルチ商法といって私がイメージするのは、こういったところで、ありきたりな自己啓発的な言葉で人を勧誘しているパターンだ。しかし、そういった勧誘よりも、身近で信頼できると思っていた人から、周りが気づかないうちに勧誘されているケースが珍しくないというのだ。
この本に出てくる妻も身近な人から誘われて、マルチ商法にハマっていった。ハマった結果、娘とともに妻が家を出ていくことになるのだが、その過程が、とても怖い。いや怖すぎる。彼女は「トンデモ」な情報にハマる傾向にある人だった。それをみて最初は自業自得なんじゃないか。と思いながら読んでいた。
彼女は妊娠後から○○は危険!○○はしてはいけない!といった本を好んで読んでいた。経皮毒という言葉を知っているだろうか?経皮毒とは日常使われる製品を通じて、皮膚から有毒性のある化学物質が吸収されるという説だ。彼女はそれを信じていた。昔、私が働いていた書店の近くにネットワークビジネスの本部ができたことがある。そのときは、その関連本がめちゃくちゃに売れたのだが、そのときに彼らが買っていた本がまさに「経皮毒」や「買ってはいけない!」といった本だった。
彼女は信頼している人に料理のつくりかたを教えてもらいにいったことがきっかけで、マルチ商法にはまっていく。マルチ商法といえば、若者がハマるものという想像をしてしまいがちだが、とある大手マルチ商法の会員データによると、20代の会員は2割しかいない。30代以上が8割を超え、その8割のなかでも50代以上が4割を占めている。さらに性別を見ると7割以上が女性である。日用品、美容、健康食品などの製品を扱っているマルチ商法は、だいたい似たような会員分布になっているそうだ。
マルチ商法は情弱が引っかかるものという思い込みは捨てた方がいいだろう。まわりにハマってはいないが、マルチ商法の製品を定期的に購入している人はいないだろうか?「それってマルチ商法だよね」と指摘すると、「モノは良いんだよ!」と過剰に反応するような人が、過去には自分のまわりにもいた。その人はそのとき、既にマルチ商法にハマっていたのかもしれない。友人がマルチ商法にハマったという群青色さんはいう。
「マルチ商法の怖さを理解している人はほとんどいないと思います。実際に身近な人がマルチ商法にハマってしまう、そういうふうに自分の身に振りかかってきて、それでマルチ商法の恐ろしさに気づくものなんだと思います」
マルチ商法は不安や不満をえさにさりげなく近づいてくる。そしてそれは誰の身の回りにも起こりえることだ。本書はマルチ商法にハマって妻が出ていくまでの過程と、著者がインタビューした身近な人がマルチ商法にハマった5人の話が書かれている。本書を読めばマルチ商法に対する免疫ができるのは間違いない。
「誰しもがマルチ商法にハマる可能性がある」そしてそれは決して非日常的なことではなく、日常と隣り合わせのことなのだ。
本書はノンフィクションだけど、書店さんにはビジネス書のネットワークビジネスのコーナーに置いてほしい。そうすることでマルチ商法の被害者を少しでも減らすことができるかもしれないから。
経皮毒などのトンデモ本と共に、ネットワークビジネスの人たちが必ずと言っていいほど買っていった本。本書にも必ずと言っていいほど、マルチ商法の人が勧めてくる本として紹介されていた。本来はお金に関してのマインドセットの本なのでトンデモ本ではないのですが……。