米ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、世界の新型コロナによる死者数が170万人を超えたという(2020年12月22日時点)。最も多い米国では30万人を超え、1日の死者数が3000人以上の日もある。いまだ収束の気配は見えない。
医療現場は果たしてどのような状況にあるのか。本書は、米国で感染が爆発的に拡大する中、ボストンで救急現場に立ち続けた日本人医師の現地リポートだ。
ハーバード・メディカル・スクールの助教授だった著者は20年3月、大学から指令を受ける。「すべての研究をストップして臨床に入れ」。新型コロナ罹患者たちが絶えず搬送されてくる救急救命室(ER)の最前線に立つことになった。
米国のERは24時間、軽症・重症を問わず患者を受け入れる。日本でのような受け入れ先が見つからない「たらい回し」を防げる反面、現場にはより重い負担がかかる。
救急車がつねに5台ほど到着し、1人の医師が同時進行で平均4〜5人、時には10人以上も診る。9時間の勤務で合計25人くらいを診ることも。そして、コロナ禍では「運び込まれる誰もがコロナかもしれない」というリスクと向き合うことになった。
患者にどのような処置をしているのか。そこからは、救急医療の現場では、一般人の想像を超える判断が求められることがわかる。
運び込まれてきた患者の採血をし、血圧、体温、酸素飽和度、血糖値などを測って、対応策を2分以内に決める。酸素マスクを着けても効果が見られなければ、口から咽喉を経由して気管内チューブを肺まで挿入する。
新型コロナ患者の場合、気管への挿管後に意識が戻らないまま死亡するケースが多く、まず挿管するかしないか自体の判断が難しいという。1回の挿管は、2〜3分の短時間で成功させなければならず、技術的にも難しい。また、医療従事者の感染リスクも高い。その気管挿管を1日に何件もこなす医師の精神的な疲労は、いかに鈍感な人でも理解できるはずだ。
さらに、米国は広い。「迷惑」な患者も少なくない。ひどい態度の「患者様」はどこの国にもいる。
ある患者は、「気管に挿管されるくらいなら死んだ方がマシ」と、息も絶え絶えになりながら抗ったという。また、PCR検査で鼻の穴に綿棒を入れようとした際に「そんな野蛮なことをするのか」と怒り出し、「全員コロナになれ」と顔めがけて息を吐き続ける者もいたというから驚く。
著者は呆れつつも、背景にある経済や教育の格差の大きさを指摘する。
米国にも、最低限のセーフティーネットはある。だが、貧困層は知識と言語の壁に阻まれ、そこにたどり着けない者が大半だ。どこに何を相談できるかがわからず、運よく病院にたどり着いても、医師との会話が成立しない患者は少なくない。
コロナに立ち向かう最前線で何が起きているかをこれほど詳述した本はないだろう。それにとどまらず、本書はウイルス蔓延の背景には社会構造のゆがみがあることを医師の視点から浮き彫りにしている。そして、それは日本も無視できない現実だ。
※週刊東洋経済 2021年1月9日号