HONZメンバーが選ぶ今年最高の一冊。コロナ一色だった2020年も、このコーナーがやってまいりました。
2011年から始まったこのコーナーも、なんと今年で10回目。歴代のラインナップはこちらから見られるのですが、「2011年はメンバー12人しかいなかったのかよ」とか「やっぱり2017年の塩田春香を野グソで挟んだ年が神回だな」とか、色々と感慨深いものがありますね。
そんなワケで、今年もメンバーがそれぞれの基準で選んだ今年最高の一冊を紹介してまいります。まずは今年入った新メンバーと、僕宛に原稿を送るとき、Facebook Messengerで送ってきた人たちによる紹介です。
ちなみにHONZメンバーへの業務連絡ですが、原稿を送る時はMessengerへテキストをダイレクトに貼った状態で送ってくれると一番ラクで助かります。
鈴木 洋仁 今年最も「ジャケ買いした」一冊
この本は、レコードマニアによる戦いの軌跡である。本好きにとって、同病あい憐れむ、を超えた共感と羨望を覚えるにちがいない。
私は、立ち読みばかりしている。人生のかなりの時間を費やしている。書店で本を買うのは、何よりも楽しい。
最近は、HONZを含めてネットで「予習」してから本を買うことも多い。しかし、本屋さんでの本との出会いは、本好きにとって何ものにもかえがたい。
本は立ち読みできるものの、レコードの試聴は難しい。そこで「ジャケ買い」する。「衝動買い」とはちがう。さんざん悩んだすえの決断だから、ハズレだったときの落胆は大きい。
かくいう私は、アナログレコードを模した装丁に一瞬で射抜かれ、この本を「ジャケ買い」した。もちろん「ジャケ買い大成功」だった。
人気テレビ番組の放送作家による、メディア論としても抜きんでる。サブタイトルにあるように、私もあなたも、しばしばストリーミングで曲を聴くだろう。その意味について、本書を手にとり、「あとがき」を読みながらかみしめていただきたい。
中野 亜海 今年最も「落語が聞きたくなった」一冊
この本はすごい。落語のよさを、意表をつく角度から書いている。落語好きな人でも「今日はつまらなかったな」と思うときがあるのが落語だ。
『落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ』というタイトル通り、落語は最初から面白がるのはむずかしい。かっぱえびせんのように「なんか食べちゃうなー」と思って食べているうちに、クセになってやめられないというのに似ている。その、「なんか食べちゃう」部分を明文化したのがこの本だ。
たとえば「面白くない落ちがあるのはなぜ?」という項目がある。
その理由とは「落ちとは、話の起承転結の『結』(いわゆる「おまえの話オチがないねん」のオチ)ではなく、どこでも話を切れるための装置である。そうすることで、構成を気にすることなく大風呂敷を広げられ、最高潮に面白い話をすることができる」ということらしい。
どうりで、さっきまでおどろおどろしい怪談話を繰り広げていたはずなのに、「えっ、こんなくだらないダジャレで終わるの!?」みたいなことがあるわけだ。この最高潮からの雑な終わり、というのも非現実から現実に戻ったことを強く感じさせる効果があるそうだ。
これは「聞く文化」である落語ならではの楽しさで、その文化は世界的に廃れつつあるので残っている日本は幸せだ、ということも書いている。こんな風に、落語が他にはない稀有なエンターテイメントだということを教えてくれる。
ちなみに著者は文学紹介者。『絶望名人 カフカの人生論』という本でのベストセラーもあり、今年『食べることと出すこと』(シリーズ ケアをひらく)という傑作も出している。本書は落語家からも評判がいいらしい。著者こだわりのCDと書籍もたくさん紹介されている。初笑い前におすすめだ。
吉村 博光 今年最も「チョコが欲しくなった」一冊
年末版なので、身内の本を紹介することをお許しいただきたい。本書の著者は、栗下直也。いわずと知れたHONZレビュアーだ。0次会で酩酊し、1次会で爆睡する彼の姿を幾度か見てきた。しかし、本書を読んで私は、「彼の中には時代が棲んでいる」と刮目させられた。
本書の刊行は、コロナが猛威を振るう前の昨年暮れ、五輪を翌年に控えて沸き立つ東京だ。浮足立つ我々を前に彼は「利他の精神で助け合うことの大切さ」を説いている。あれから1年。いま各局の報道番組は、こぞって彼と同じことを力説しているではないか。
栗下の凄さは、その酩酊ぶりもさることながら、「得するために徳を積む」ことの「自己矛盾」を惜しげもなく開陳しているところだ。しかし、私は思う。栗下は、もっとピュアでプリミティブな何かを伝えようとしているのではないか。
子供の頃、東京近郊から田舎の小学校に転校した私は、クラスに溶け込むために、友達が落とした消しゴムや鉛筆を拾いまくった。やがてクラス一の人望家となり、女子という女子からバレンタインにチョコをもらうに至った。あれは皆とWINWINの関係を築いた時代だった。本書は、あの原点を思い出させてくれた。来年は、もっとチョコが欲しい。
アーヤ藍 今年最も「心の深呼吸をしたいときに読んだ」一冊
今年は「言葉」を怖いと感じることが、いつも以上に多い一年だった。
マスメディアからは、何が正しいか分からないまま、ただただ不安を煽るような情報ばかりが流れてきて、SNSでも、直接的あるいは間接的に、意見が異なる人を攻撃するかのような言葉が飛び交っている。どんなに仲がいい友達でも、対面で会えずにテキストだけでやりとりしていると、どこか感情がすれ違いやすい…。
そんな「刃」のような言葉が溢れる世界から、距離を置きたくなったときに、静かに寄り添ってくれたのが、本書『それでも それでも それでも』だ。ろうの写真家・齋藤陽道さんが散歩をしながら撮った写真に、その「写真からおのずと浮かぶ言葉」を添えた、写真集のような詩集のような一冊だ。
音のない世界で生きる齋藤さんは、「眼に見えるだけのものの奥」を掴もうとする。そんな齋藤さんが紡ぐ言葉は、私たちが時に聞き漏らしたり見落としたりしがちな、ささやかな美しさや足元にある幸せのカケラを照らし出してくれる。そしてその言葉たちにふれていると、生きることを愛おしむ気持ちがやさしく湧いてくる。
年末年始、溢れかえる言葉を一旦遮断し、大切なモノを見つめ直す時間をもちたい方には、きっと道しるべになってくれる一冊だ。
新井 文月 今年最も「胸が熱くなった」一冊
「成りあがり 大好きだね この言葉 快感で鳥肌が立つよ」
冒頭からして、どの本よりも違う匂いがする。
私は特に彼のファンということではなかった。 矢沢永吉の熱狂的ファンの存在は知っていたし、車を運転するようになると、バンなど車両後方に「E.YAZAWA」とステッカーを張る車もあるので、よく目についていた。ただ忙しくなってからは、あえて読む本でもない。そんな位置づけであった。
それなのに、今年になって本好きで活躍する知人がこぞって本書を推している。どうもモヤモヤするので、購入して1ページだけ読んだ。なぜ皆がハートを掴まれるのか理解できた。この本は本人が喋りかけてくるのだ。それが他の本と一線を画しており、永ちゃんの声はダイレクトに響いてくる。
内容はシンプルで、広島から夜汽車に乗って上京した少年が、ポケットにアルバイトで貯めた5万円を握りしめ、おれは音楽をやり、スターになる!というものだ。
それでも感情むき出しの声に心を揺さぶられる。自分におきかえても、私は今、こんな恥ずかしいくらいに心の声をさらけ出すことができるだろうか?
読み終えた後は、すっかり本人と語った気持ちになった。矢沢永吉を知らなくとも、対話する本として完成した一冊だ。
刀根 明日香 今年最も「友達にエールを送った」一冊
2020年、私の友達がお母さんになった。自分は変わらないのにどんどん周りは環境を変えていく。
「今日の夜は子どもと2人きり。不安……。」そんな友達の言葉に寄り添えるようになったのは、本書『父と子の絆』を読んだからだと思う。赤ちゃんと一緒に生まれた新しい世界。「円の中心に息子がいて、ぼくと妻はそのまわりをぐるぐる、ぐるぐる回る。近づいたり、離れたり。たまにゆっくり、ときに全速力で。」著者がつづるように、友達も新しい世界で必死に生きているのだろう。
著者の島田潤一郎は吉祥寺でひとり出版社・夏葉社を営む。昨年出版された『古くてあたらしい仕事』は、編集未経験の著者が従兄の死をきっかけに出版社を立ち上げる話だ。私はそれを読んで「仕事との向き合い方は十人十色、自分の想いを中心にして働いても良いんだ」と勇気付けられた。どんなビジネス書よりも、「自分は自分」という著者の後ろ姿が心の糧となる。
そして本書は仕事に代わって子育てのはなし。
情報過多な世界で仕事以上に不安になるだろうが、自分の想いを信じて進んでも良いはず。私は友達を応援したい。励ましたり、褒めてあげたい。友達が子どもを大切に思うように、私もその友達を大切に思っていることを伝えたい。そんな気持ちが溢れてくる1冊でした。