大阪にいると、ほとんどちくわぶなるものを目にすることもなければ、耳にすることもない。もちろん、口にすることもない。基本的にチャレンジャーなので、一度は食べてみるべきだ。と思ったわたしがアホでした。
名前から、竹輪と麩の中間的なものかと塑像していた。普通、そう思いますわな。竹輪は全国的におでん種として使われているし、麩は地域限定的かもしれないが、金沢おでんの車麩なんかは絶品やし。ただ、竹輪と麩の中間体であるとすると、えらく安いのはすこし気になった。
そして実物、おでんのちくわぶ。まずかった。いや、著者の丸山晶代さんに怒られそうなので、口にあわんかった、としておこう。なんやねん、あれは。ウルトラ巨大なマカロニか。あるいは、こねたらない超ぶっというどんを短くして真ん中に穴をあけたもんか。すまん、それはマカロニやうどんに失礼というものだろう。形は似てるかもしれんが、歯ごたえがマカロニやうどんと違いすぎる。
それから早数年たつ。先週、東京へ出張した折、時間つぶしに本屋さんを歩いていて、この本を発見した。なんでか知らんがネコがちくわぶを食べている表紙。帯はなんとTHE ALFEEの高見沢俊彦さんが書いている。
バンドで言えばヴォーカルでもリードギターでもない。
おでん鍋のベースマン!それがちくわぶ!
主役ではないが欠くことのできない重鎮。
そんな下町のB級ソウルフード、ちくわぶに栄光あれ!
力が入りすぎていて怖い…。けど、吸い込まれるように本を手に取ってしまった。巻頭には、ツッコミどころ満載のちくわぶを使った料理の写真が。ちくわぶ料理、おでんだけではないらしい。ちょっと小さいが、いろいろなちくわぶ料理の写真(撮影:渡邉博海氏)とキャプションを紹介しよう。ちなみに、レシピは丸山さんの『I LOVE ちくわぶキッチン』でも見られます。興味のある方はお試しあれ。
カヌレ
「フランス語では、ティックワヴゥといいます」
3.7秒くらいの間とはいえ、そうか、フランスにもちくわぶに似たような食材があって、ティックワヴゥというのかと思った自分が恥ずかしい。ちくわぶをフランス語風に書くな!しかし、ちくわぶをカヌレにするという発想力はすごい。形がちょっと似てる以外の共通点が思い浮かばない。
生ハムピンチョス
「だれもちくわぶが入っているとは思うまい」
はい、思いません。
ちくわぶ生ハムピンチョスのキャプションだ。それならわざわざ入れんでもええやろ、と思うのはわたしだけではなかろう。なんといっても、無理に入れない方が美味しいような気がする。
ちくわぶカツ丼
「炭水化物オン炭水化物ですが、なにか?」
なにか、って、からだに悪いやろ。
まさかの、ちくわぶカツ丼。カツ丼やから、炭水化物のうえに油も使ってるし。とはいえ、一見したら美味しそうな気がしてしまうのが恐ろしい。
お好み焼き
「関西の皆様、よろしくね」
よろしくないっ!
なんと、ちくわぶ on お好み焼き… このような、関西人のソウルフードともいうべきお好み焼きを冒涜しておいて、「よろしくね」はなかろうが。喧嘩をうりたいんか。ちなみに、先の三つとちがって、これにはレシピがついてない。さぞ不味かったのではなからうか。
ちくわぶときりたんぽのツーショット写真
「仲良くなれる気がします」
しません。<きりたんぽの気持ちを代弁
ここまでのキャプションから考えて、これはちくわぶの発言と考えて間違いない。心なしか、無理矢理に迫られているきりたんぽが嫌がってるように見えはしまいか。
もう巻頭カラーグラビアを見ただけでお腹がおおきくなってきそうやわ。あ、東京では「お腹がおおきくなる」は、妊娠しか意味しないらしいけど、大阪では、お腹がいっぱいになるということも意味します。もちろん、ちくわぶ料理の写真で妊娠しそうになった訳ではございません。でも、この本、あまりの衝撃に買うてしまいました。
まず、第一章ならぬ「1本目」は『ちくわぶの生まれる場所』で、読みどころは『全国ちくわぶメーカーに突撃取材!』だ。なるほど、それぞれのメーカーさんに特徴があって、味もテクスチャーもだいぶ違うらしい。たぶん、唯一のちくわぶ経験は、こういった一流メーカーの品とちがったんやろう。なんせ、まず、いや、口にあわんかったし。
しかし、『全国』はウソやろ。メーカーの場所は、茨城、東京、神奈川、静岡だけ。世間ではこれを全国とは呼ばない。関東の一部プラス静岡、という。
『丸山晶代のちくわぶを作ってみよう!』では、家でもちくわぶを作れる方法が説明されている。方法は簡単だが、美味しいのはできなかったらしい。結論は「ちくわぶは作らず買いましょう!」って、あんまりちゃいますか。
読んでいて、1本目と2本目との間に挟まれている『ちくわぶこらむ』で腰が抜けた。イニシャルだけの「阪大医学部の名物教授N」とはいえ、自分のことが書いてあった。その内容は確かに記憶がある。江弘毅という、食にかなりうるさいライターと、ちくわぶを巡ってツイッターで意見交換をしたことがあった。そのことを江さんが本に書いたのだ。ちくわぶ嫌いの関西人代表としての登場だ。望むところやんけ。
「2本目」は『ちくわぶの愛され方』である。できれば愛し方をお教えいただきたいが、無理は言うまい。ここでは、ちくわぶ料理を出すお店が5軒紹介されている。浅草が一軒、王子が二軒、赤羽が二軒と、東京の地図で確認したらえらく地域に偏りがあるような気がするが、まぁまけときましょう。このあたりが、ちくわぶ発祥の地らしいし。
『ちくわぶの来た道』が3本目。ちくわぶの由来が解説されている。といっても、定説はないらしい。ひとつは、白竹輪代用説。たまぁに目にすることがある白竹輪は、焼く代わりに蒸して作った竹輪だ。その材料に、白身魚のすり身の代わりに小麦粉を使ったのが発端だとする説。はっ?白身魚の代わりに小麦粉?白い以外の共通点が思い当たらない。
ふたつめは生麩変形説。ちくわぶも生麩も材料は強力粉である。それはまぁよろしい。しかし、製法に大きな違いがある。生麩は強力粉を練った後、デンプンを抜くという面倒な作業があるが、ちくわぶではその肝心なところが省かれている。まったく違う食べ物だ。
もうひとつ、「つと麩」説も紹介されているが、いずれも、いうなれば、高級食材のぱちもんとして庶民が考案して食べ続けてきたということだ。そうやったんか。けなげな食べ物を邪険にしたらあかんなぁと、すこし心が揺さぶられた。
そして、『ちくわぶはなぜ東京近郊でしか食べられてこなかったのか』では、もともと水の中で保存せねばならないものだったから、地産地消だったという考えが述べられている。ちゃうやろ、やっぱりおいしないからやろ、と、心揺さぶられた後でも思ってしまう。
なぜなら、豆腐を見てみなさい。日持ちがしなくとも全国区ではないか。それに、ちくわぶだって、今は真空パックの物もある。さらに、4本目の『全国のこなもの文化』で、私の考えは強化された。キーは、はんぺんである。
おでん種ベスト、東京は「大根、こんにゃく、はんぺん、玉子」の順。大阪は「大根、こんにゃく、牛すじ」で、はんぺんは10位にもはいっていない。つい数年前まで、大阪で、はんぺんを見かけることは少なかった。はんぺん、大阪のおでん種ベスト10には食い込めていないが、今では、我が家が日常的に食料調達をする『千林くらしエール館』でも年中売られている。早い話が、それなりに美味しかったら普及していくのである。
最後の5本目は『ちくわぶで遊ぶ』で、著者の丸山晶代さんとクレイジーケンバンドのギタリスト小野瀬雅生さんとの、ちくわぶ偏愛対談。ここまでくると、ツッコむ気力も消え失せた。しかし、あっぱれである。ちくわぶだけでここまで書くとは。まいりましたでございます。
ある食べ物について、ここまで愛す人(例:著者の丸山晶代さん)と、まずく感じる、いや、口にあわない人(例:阪大医学部N)と、意見が分かれるのは不思議だ。前者が正しくて後者が間違えているのか、あるいはその逆か。決着をつけてみたい。前者が意見を変えることはありそうにない。だから、それには、後者が意見を変えるかどうかにかかっている。
機会を見つけて、この本に紹介されている、ちくわぶの名店にこそっと行ってみよう。ちくわぶ嫌いとして指名手配されてたらあかんので、マスクとサングラスをして。もちろん「ちくわぶ」と東京弁のアクセントでオーダーする。あかん、いま気がついたけど、ちくわぶの正しい発音がわからへんがな。
※版元の「ころから」からご提供いただいた写真は渡邉博海さんの撮影です。渡邉さんは元「有頂天」のギタリストで、丸山晶代さんといっしょに「ちくわぶ食べようよ」なるオリジナルソングを作っておられます。Youtube で見てください。むっちゃちくわぶ食べたくなりますからっ!
この本に「阪大医学部の名物教授N」の話が出てきます。