幸福とはほとんどの人にとっての人生の目標なのではないだろうか。「いや、自分は幸福なんかどうでもいいですね。不幸になる権利が欲しいんです」という『すばらしい新世界』的な人もいなくはないだろうが、少なくとも僕は幸福でありたいと思う。自分の幸福ももちろんだが、近くにいる手の届く人たちも幸福でいてくれたらそれ以上はいうことはない。
だが、そもそも幸福とは何なのだろうか。ほしかったものを手に入れた時、おいしいものを食べた時、僕は幸福を感じるが、どれほどの幸せでもすぐに慣れてしまうのはなぜなのか。年収の高い人は低い人よりも幸せなのか。幸福感と生活の質はどの程度関係しているのか、我々は自分の幸せを維持するために、何をどうしたらいいのだろうか。本書は、そうした数々の疑問について研究データを元に幸福の実態を明らかにしていく。本書は、原書が2005年に刊行され、その後本邦では『目からウロコの幸福学』として一度刊行されていたものの改題&再編集バージョンであるが、幸福学についての基本的を抑えている良書なので、ぜひとも今回紹介させてもらいたい。
お金があれば幸せになれるのか。
たとえば、気になる問いかけの一つに「お金があれば幸せになれるのか」がある。今よりももっと金があればできることも増えるし、幸福度は金があるほど上昇していくのが自然なように思う。だが、実際には金銭から得られる幸福感には限度があるようだ。たとえば、過去半世紀のあいだに先進国の一人あたりの所得は何倍にも増えているが、幸福度に大きな変化はない。
『ファスト&スロー』のダニエル・カーネマンの研究では、感情的な幸福は年収約7万5千ドルで頭打ちになってしまう(ストップするわけではないが、幸福の伸びは著しく鈍化する)。欲しいものが手に入るのだから、この結果は不思議なようにも思えるが、その理由の一つは「どんな幸せにも人は慣れてしまう」という一つの特性が関わっている。誰しも経験があるだろうが、望ましい状態を新しく一つ手に入れると、その瞬間は嬉しくて満足しても、すぐにそれがあることに慣れきってしまう。すぐに誰かと比較をして、あれがほしいこれがほしい、と欲望が湧いてくる。
若い頃は家と車とテレビさえあれば十分だったのに、年をとるにつれ、どうしても別荘を持たなければやっていけない、と思えてくる。16年の月日のあいだに、所有している数が平均1・7アイテムから3・1アイテムに増えたというのに、同時に、理想的な生活に必要だと考えるものも、平均4・4アイテムから5・6アイテムへと増加。いつになっても、二つばかり足りないということになります。
これはある意味では当たり前の結果ともいえる。社会的地位や物質資源など欲しかったものを手に入れて満足してしまうような個体は、いつまでも理想を追い求めて行動し続ける個体と比べ淘汰されやすかったはずだ。物質的豊かさを求めて行動するのは、それが幸せにつながるからだと多くの人が信じているが、長期的な幸福という観点からみると、そう騙されているにすぎない。
無論、一定のところまでの金銭的な報酬は、安定的な生活を送るために一定の金は必要だ(たとえば家や服、食事がとれない、暖房や冷房が使えない状況では普通に幸福度が下がる)。また、基本的に人は不幸にも慣れてしまうものだが、仕事をやめなければならないほどの長期の病気や障害を負うと、これまた幸福度は下がる(そうした人たちの生活満足の平均は6・49で、そうでない人の6・39と比べると独身者・既婚者の差ほどになる)。重要なのは一定の収入と健康なのだ。
私たちはつねに、幸福への思い込みのせいで、地位財をたくさん蓄えれば(見栄を張って他人と同じようにすれば)、いつかは幸せになれるはずだと考えますが、客観的にいって、それはあり得ません。一方で、健康、自主性、社会への帰属意識、良質な環境などは、真の幸福をもたらすものです。
おわりに
本書の後半では、遺伝と幸福度に強い相関があること(一卵性双生児に対する幸福度調査など)、神経症的な傾向、外向性などの性格要因によって感じる幸福度の半分近くを説明できてしまうこと(性別、年齢のの関与要素は1%。所得は3%。社会階級は4%。結婚の状況は6%。神経症的傾向は6〜28%。外向性は2〜16%。その他の性格要因が8〜14%)など、「どのようにして個人の幸福感が決定されるのか」に関する研究が紹介されていく。
性格や遺伝によってかなりの部分幸福感が決定づけられているとしたら、ある人物の10年後の幸福度を推測したければ、その人物の職業や所得よりもその性格調査をする方が重要だ、ということだ。では、生まれつき神経症的傾向を有し幸福度を感じにくい人間はそのまま絶望に沈み込むしかないのか──といえばそうではなくて、どのようにすれば感情をコントロールし、幸福度を変えるのかについて。また、幸福が実際には人生における究極の目的ではないということについてものべられていくので安心してほしい。幸福を求めるのは重要だが、それ以上に「まず、幸福とは何なのか」を知ることが重要なのであり、本書はその一助になってくれるだろう。