久しぶりに画期的な組織論の本に出会った。
この『ティール組織 ― マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』は、単なるビジネス書ではなく、インターネットなどテクノロジーの進歩により可能になった個人の自律を前提とした会社のあり方、即ち、自己組織化する組織「ティール(Teal)」を提唱する、進化論と発達心理学を基礎とした社会変革の啓蒙書である。
本書の原著”Reinventing Organizations: A Guide to Creating Organizations Inspired by the Next Stage of Human Consciousness”は、2014年に自費出版されて以来、現在まで12か国語に翻訳され、売上は既に20万部以上に達しているベストセラーである。
ピーター・センゲの『学習する組織』が日本に紹介された時以来のインパクトと「解説」に書かれているが、確かにその通りかも知れない。本書の内容を肯定するにせよ否定するにせよ、これからの組織論を語る上で、本書を避けて通ることはできないだろう。
テクノロジーの分野において、人類はこれまで様々なイノベーションを起こしてきた。数年前には想像もできなかったような製品が次々と現れる一方、組織形態については、遥か昔に生まれた軍隊的な組織運営から小さな改善を繰り返しただけで、さほど大きなイノベーションは起きていない。そこをブレークスルーしようというのが本書”Reinventing Organizations”(組織の再発明)なのである。
本書の内容は多くの仮説を含んでおり、ブロックチェーン技術やAI(人工知能)と同じように、正にこれからここに書かれていることが本当に社会に変革をもたらすのかが試されるだけに、その実現可能性については、各人が実践的に検証してもらうしかない。
実際、ティール組織については、エスタブリッシュされた既存の組織に適用するのはかなり難しいと思う。最低限、CEO(最高経営責任者)と取締役会がかなり深くティール組織の意味を理解し、その実現に向けて強く能動的に働きかけるのでなければ、決して達成できないものであることは、著者自身も認めている。
なぜなら、ティール組織はこれまでのトップダウン型やコンセンサス型の組織論の常識を覆すような、組織を一人の人間のように、生命体的かつ有機的に捉えるものだからである。
そうした前提で、ティール組織を理解するために必要となる知識を整理してみたい。
まず、「ティール(Teal)」とはそもそも何なのか?であるが、これは本書の表紙の色、つまり、「鴨の羽色(かものはいろ)」という青緑色の一種のことで、この名称はマガモの頭の羽の色から来ている。
著者は、人間、組織、社会、世界を統合的に捉えるための新しいフレームワーク「インテグラル理論」に基づいて、組織の発展段階を色で表現している。そして、現在、世界中で五段階目の新たな進化型モデルが生まれ始めているとして、これを「鴨の羽色(ティール)」で表現しているのである。
まず、組織形態の前段階として、「無色(グレー)」という血縁関係中心の小集団、「神秘的(マゼンタ)」という数百人の人々で構成される種族がある。
そして、組織形態の第一段階が「衝動型(レッド)」モデルで、これはマフィアやギャングなどに見られる、恐怖が支配するものである。
第二段階が、「順応型(アンバー)」モデルで、教会や軍隊に見られるように、ここでは規則、規律、規範による階層構造が支配している。
そして、現代の資本主義社会で主流になっているのが、第三段階の「達成型(オレンジ)」モデルで、多国籍企業に見られるように、目標を設定して未来を予測し、効率を高めてイノベーションを起こすことで成果をあげようとするものである。
実力主義によって万人に機会が開かれているが、階層の上にいくほど権限が集中しやすいヒエラルキー構造になっている。また、効率と成果を追求するあまり、人間らしさを無視してしまいやすい。更に、益々複雑化するビジネス環境において、計画と予測は機能しなくなる恐れがあるという欠点を抱えている。
第四段階の「多元型(グリーン)」モデルは、ある意味で達成型モデルへのアンチテーゼとして生まれたものである。人生には成功か失敗か以上の意味があるとして、平等と多様性を重視し、多様なステークホルダーを巻き込んで合意を形成して物事を進めようとする。しかし、このモデルの極端な平等主義は、多様な意見をまとめきれずに袋小路にはまってしまうリスクも孕んでいる。
これらの問題を打破すべく生まれつつあるのが、第五段階の「進化型(ティール)」モデルである。これは階層構造におけるトップダウン型の意思決定でも、ボトムアップ型の合意形成による意思決定でもない。上司も中間管理職もいなければ、組織図も職務権限規程も肩書もない、変化の激しい時代における生命型組織である。
第四段階までの人々は、他の人々との比較において、自分達の世界観の正当性を訴える。しかし、それは逆に、他の人々は何を考えているのか、他より優れた結果が実現できるのかといった外的要因によって判断が左右されることにつながる。
これに対して、進化型では意思決定の基準が外的なものから内的なものへと移行し、良い人生を送るために、他人からの評価、成功、富、帰属意識などを求めるのではなく、内的に充実した人生の実現に努めるようになる。進化型パラダイムにおいては、人生とは自分の本当の姿を明らかにしていく行程であり、そうした人は「大志を抱いているが、野心的ではない」のである。
こうしたティール組織の運営方法には、以下に説明する、「セルフマネジメント」「全体性」「進化する目的」という三つの特徴が備わっているという。
セルフマネジメント(Self-management):セルフマネジメントとは、組織を取り巻く環境の変化に対して、階層やコンセンサスに頼ることなく、適切なメンバーと連携しながら迅速に対応することである。セルフマネジメントが浸透している組織では、お互いにアドバイスをしつつ、独立したひとり一人が積極的に意思決定をすることになる。
全体性(Wholeness):全体性とは、メンバーひとり一人が持っている潜在性を全て使って組織を運営することを指す。ここでは、誰もが「本来の自分」の姿で職場に来ることができ、同僚、組織、社会との一体感を持てるような風土や慣行がある。
進化する目的(Evolutionary Purpose):進化する目的とは、創業者が決めたビジョンやミッッション・ステートメントとは違い、変化に適応した方向性を指す。その方向性は一部の限られた人が決めて推し進めるのではなく、組織全体として探求し続けていく中で、組織自体が何のために存在し、将来どの方向に向かうのかを常に追求し続ける姿勢として立ち現れてくる。
このように、従来型モデルからティール型モデルに移行するための絶対に欠かせない前提条件として、ICT(情報通信技術)の進化があげられる。特に、階層的意思決定に頼ることのないセルフマネジメントに見られるように、テクノロジーが進歩した現代だからこそ、人類はようやく理想の組織を構築できる段階に到達したのである。
社会思想家のリチャード・バレットは、「企業を動かすものは、エゴを失う恐れか人に対する愛情のいずれかである」と言っているが、ティール組織では、職場が愛情と信頼をベースにした生物のアナロジーで捉えられている。
そして、ティール組織は、あたかも生命体のように自己組織化するのだが、実は、本書がここまで広がった過程自体も自己組織化なのだと言う。
著者のフレデリック・ラルーは、長年、マッキンゼーで組織変革プロジェクトに携わった後、エグゼクティブ・アドバイザー、コーチ、ファシリテーターとして独立し、2年半に亘って世界中の組織の調査を行い、本書を執筆するに至った。
他方、著者自身がセミナーやワークショップを開催することは少なく、本を読んだ人が自分達で実践し、学び合うことを推奨している。その結果、ティールに関する学びと実践のコミュニティが各地で生まれつつあると言う。
本書の解説を書いている嘉村賢州も、2015年にティールと出会ったことをきっかけに、日本で組織や社会の進化をテーマに実践型の学びのコミュニティであるオグラボ(ORG LAB)を設立している。
2016年には、ギリシャのロードス島で行われた、世界中からティールの実践者や研究者が集まるNext Stage World Gatheringというワークショップに参加してきたそうで、この辺りの経緯は「解説」に詳しく書かれているので、そちらを参照して頂きたい。
最近、世の中の急速な変化に対して、旧来型の働き方がそぐわなくなっており、働き方改革の議論が盛んになされている。
振り返ってみると、こうした動きは、2013年にビジネス大賞を受賞したリンダ・グラットンの『ワーク・シフト ─ 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>』から始まっているように思う。
この本がアメリカで出版されたのが2011年であり、わずか6~7年で人々の働き方に関する認識は劇的に変化した。そして、やはり同じくグラットンの『ライフ・シフト ― 100年時代の人生戦略』が出版されるに至り、一連の働き方改革本は、ここに極まった感がある。
そして、本書を読んで気付かされたのだが、今我々に必要とされているのは、働き方の改革だけでなく、その前提になる組織自体の改革でもあったのである。
それでは、果たしてこうしたティールという組織の改革は、日本の社会に根付くのであろうか?
ティール組織は、日本人のようなルールや上下関係が大好きな国民にはとてもフィットしないように思える。しかしながら、著者に言わせれば、日本においても、インターネット企業のオズビジョン、非営利教育団体の勇気と再生センターなど、幾つかの先進的な組織において、その兆候は既に見え始めていると言う。
そして嘉村によれば、意外なことに、過去の日本企業の歴史を見ても、ティール組織的なものを感じることができるし、八百万の神を信じる日本では、本来、ティール型の世界観を体現できる土壌があるという。
例えば、ソニーの元取締役にティール組織のコンセプトを紹介したところ、昔のソニーこそ正にそういう文化の企業だったとの感想があったという。
一冊でこれだけ何度も、しかも多面的な角度から読み返せる本は珍しい。ビジネスに携わる全ての人々には、とにかく一読してみることを勧めたい。
※画像提供:英治出版