著者の経歴から紹介しよう。
ジェイムズ・スタヴリディスは、1976年にアメリカ海軍兵学校を卒業し、35年以上を海軍軍人として過ごした。航空母艦エンタープライズなど、有名艦を軒並み指揮した後に、2009年から13年まで、NATO(北大西洋条約機構)の欧州連合軍最高司令官をつとめる。退役後の2013年からは、国際関係の研究では全米でもトップクラスを誇る私立の名門、タフツ大学フレッチャースクール(国際関係学の専門大学院で、卒業生は国連など国際機関にも多いそう)の学長に。
国際安全保障に関する論評を『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』などに寄稿し、編著作物としては、本書で7冊目になるとか。現役時代にはTEDにも出てオープンソース・セキュリティについてトークしており、最近でも日本経済新聞に有識者としてインタビューが出るなど、求められて発言する機会も多い。
ちなみに、ヒラリー・クリントンが大統領候補となる際の副大統領候補最終6人にまで残り、また、トランプ新政権からは、国務長官ないしは国家情報長官のポストをと打診された(が断った)そうだ。
そんな著者が、実際に見た土地のことや、どう難局を切り抜けたか、そして権力者との会話までまじえながら語るのが本書だ。各紙誌に書いたものをまとめたもので、「太平洋」「大西洋」「インド洋」「地中海」「南シナ海」「カリブ海」「北極海」の7つの海について、世界史の中での位置づけや地政学、現在の資源問題や政治状況を合わせて伝えることに7割が費やされている。それぞれの海を少し見わたしてみよう。
太平洋と南シナ海の章では、日本についても、真珠湾攻撃の歴史も踏まえつつ、重要な同盟国として言及がある。中国と北朝鮮の事にも触れ、「アメリカ海軍のトップ」がどんな視点で分析しているかを知ることができるのが貴重だ。著者は国連海洋法条約をテーマに国際法で博士号も取得しているそうだが、そもそも、こんな風に経験豊富で、実際に影響を与えるような人の存在自体がめずらしいのではなかろうか。
日本はなぜ「太平洋の大英帝国」にならなかったのか、という問いかけの箇所もあり、この「成しえなかった理由」を議論していくことで現状を分析していく方法は、時に別の視座を生む。「海」というまとまりで分類することは、やはり最適解だったのだろう。
大西洋については、古代ギリシア人、ヴァイキング、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス……と海の覇権の基本情報を押さえながら、アメリカの台頭にまで話が及ぶ。このあたりは、世界史で学んだことが現在につながる印象だ。
地中海についても、黒海を重要視するロシアの台頭によって紛争の世界に逆戻りしつつある点を指摘する。イスラム国が宗教戦争を起こすなら、ローマという町が恰好の標的となりうる……というが、さてどうなのか。
インド洋については、重要性と同時に緊張関係が高まっている、という。
太平洋と大西洋に比べると小さいが、紅海やアラビア湾まで含めれば地球上の海面積の約4分の1を占め、世界の海上輸送の50%、原油の70%がこの海を通る。面する国は40、海域の人口は世界の3分の1を超え、イスラム人口の9割以上。
加えておくなら、世界で最も核戦争の可能性があるのは、パキスタンとインド、だ。
この海は、そうとうに重要、そして危険な……? そのときになにをすればいいのか。海上からは、思いがけない世界の側面が見えてくるのだった。
読み応えをいちばん感じたのは、意外にも、日本人からは縁遠いカリブ海と北極海の章だった。とにかくこの辺りの事を知らないし、専門にでもしない限りあまり学ばないのではないか。側面どころか正面もよくわかっていないのだ。
たとえば北極海だ。
「北極」という言葉の定義さえさまざまだが、北極圏に住むのは、ロシアの人口の20%あまり、アメリカ人は実質的にゼロ、カナダ人はわずか、とのこと。
そして、気温と水温の上昇がこのまま推移すれば、2040年には1年中通行が可能になり、さらに10年で北極を覆う氷がなくなるとも言う。
まだ発掘されていない原油の約15%、そしてガスの30%があり、多くの希少な資源や魚種資源までもある。氷がなくなることで航路としての利便性も今後は高まる。注目を集める要素はあげるときりがないほどだ。氷で「隠されている」ものが浮上しつつあるのだ。
そうなると、砕氷可能な量が現状の大事な数値となる。関係各国の砕氷船の数は、以下の通り。
ロシア 30隻あまり(7隻は原子力砕氷船)
フィンランド 7隻
スウェーデン 7隻
デンマーク 4隻
カナダ 6隻
アメリカ 3隻
ノルウェー 1隻
中国 3隻(他にも建造中)
とのこと、今後どうなっていくのだろう。
統計によれば、30年前に比べて海を通行する船の数は、4倍~6倍だそうだ。それに伴って何が起きているか。巨大ビジネスとなっている海賊、そしてその取締りについてなどについても書かれているのであとは本書をぜひ。この本は細かい分析の数字や現実がおもしろい。
そして、最後は「シーパワー(海上権力)」、海をどう制するかについて、「海を制するものは世界を制する」という論調ではなく、海を「世界公共財」と捉えて、世界全体のネットワーク協力を勧めて締めくくっている。
すぐに個人の立場でなにかできるわけではないが、海という、今までにない目線を持つと、ニュースが違って聞こえてくる。自分たちが世界を守るのだ、とでもいうような、ある意味で「上から目線」な筆致ではあるが、決して他人ごととはしないところはさすがとも言える。
また、要所要所に関連するノンフィクションや小説、イメージにつながる映画作品が取り上げられているので、読後の広がりも持てそうだ。
地球の表面積に海が占める割合は7割。この7割に目を向けてみる良い機会になる一冊だ。