男の料理の王様といえばカレーだ。市販のルーで簡単に作るところから始まり、ニンニクやショウガ、チョコレートやコーヒーを入れ始め、果てはスパイスの調合に凝り始める。
病膏肓に入ってしまった男がいる。“東京カリ~番長”というカレーの出張料理ユニットの料理主任で研究家として何冊も本を上梓している水野仁輔だ。彼は日本で普通に食べられているカレーのルーツを知りたいという欲求を抑えることはできなかった。
カレーは約150年前にイギリスから渡ってきたと言われている。水野はそれを「黒船カレー」と名付けた。明治時才のレシピも残っている。洋食の一品として、あるいはイギリスから教わった料理として日本に定着したようだが、詳細はわかっていない。
当時のカレーの味が知りたい。今のように玉ねぎをアメ色に炒めたのは誰だったか、という謎を解くため、カレー行脚の旅に出る。
日本には「元祖」カレーは残っていないのか。イギリス海を渡って伝わったとしたら、昔の軍港や商用港に残ってはいないか。彼は候補となった10の港を見て回るが痕跡さえ見つからない。
イギリス生まれでカレー粉と小麦粉で作られているなら、本国ではどうだろう。「黒船カレー」の「今」を求め、3カ月という期限で彼の地を探す。
だがイギリス人の舌に合うようにアレンジされたインド料理は見つかっても「黒船カレー」の先祖は見つからない。フランス、ドイツと巡り歩くが、いくつかの手掛かりは掴めても、彼の思い描くカレーには出会えない。
諦めて帰国し再就職をしても、頭に浮かぶのは「黒船カレー」のこと。そんなとき有力な説がもたらされる。彼を含めた日本人の思い込みが本質を見誤っていたことを知る。
壮大なるルーツ探しは「カレーとは何か」という普遍的な問題にぶちあたる。ジレンマを抱えつつ水野は楽しそうだ。旅はまだ途中である。(週刊現代9/23・30 より転載)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・