化粧角折入、白帯桃色乙女筆、天使の翼、苺楊梅、雪空時鳥、竜宮翁恵比寿、艶芋、日本乙姫心……。
読み方は、ケショウツノオリイレ、シロオビモモイロオトメフデ、テンシノツバサ、イチゴナツモモ、ユキゾラホトトギス、リュウグウオキナエビス、アデヤカイモ、ニッポンオトヒメゴコロ。
えーっと、これは……中国の古典文学? 密教のおまじない? 戦隊モノの必殺技の名前? それとも、イマドキの子どもたちのキラキラネームか、はたまたレディース暴走族のチーム名??
じつはこれ、ぜーんぶ、貝の名前。貝といえば、食卓にのぼるアサリやシジミ、カキやサザエなどがおなじみですね。でもじつは、日本近海に生息するものだけでも8000種以上、世界中では10万種以上もが確認されていて、なんと貝類は地球上の生命で、昆虫に次ぐ種類の多さを誇っているというのです!
それだけの種類がいれば、形や大きさ、色や模様も千差万別。本書は眺めているだけでもその自然の造形美に「ほうっ」と思わず感嘆してしまう、まさに「ときめく」図鑑。
でも「図鑑」とはいっても、科学的な解説だけではありません。名前の由来や、歴史・文化の視点からの解説、貝殻の愉しみ方、貝の博物館や貝殻聖地などなど、貝殻の魅力を味わう話題も幅広~く紹介されているのです。
まずは本書で紹介されている美しい貝の姿を、少しだけご覧に入れましょう。
どうです? 美しいでしょう~!! なぜこんなにも精緻な造形と色彩の美ができあがったのか、自然の崇高さを感じずにはいられません。貝に魅了された人類の歴史は長く、「貝殻をお金の代わりにしていた国がある」という話を聞いたことがある方も多いのでは。これだけ美しければ「さもありなん」という気持ちになります。
古代中国もその一例で、「財」「貨」「貯」などお金にまつわる意味をもつ漢字の部首に「貝」が使われるのは、貝を貨幣としていた名残だそうです。(パプアニューギニアでは、現在も法律で決められた通貨と併用するかたちで、貝貨が使用されています。)
時代は下って、18世紀にはフランスの伯爵夫人が美しい貝として知られたオオイトカケを領土の一部と交換したとか、1968年には日本の鳥羽水族館が戦争で紛失した希少な貝・リュウグウオキナエビスを360万円で購入したとか、美しく希少な貝の価値を物語る逸話にはこと欠きません。
なかでもイカレたエピソードが、
希少性の高さで知られるウミノサカエイモ。とあるオークションで、ある収集家が貴重な標本を手に入れたのに、粉々に破壊。すでに自らが保持していた標本がこれで世界で唯一のものになったと叫んだそうです。
これぞ、コレクターのゆがんだ愛! ですがこの貝、現在では多く採集されるようになったとのこと。なんとなく、道徳的な昔話を彷彿とさせてしまうオチですね。
――と、このように、美しい貝の写真を眺めて愛でるだけでもよいけれど、おもしろいエピソードも満載なのです。
選りすぐりの美貝たちを見せてくれる本書ですが、普通に拾えるものも掲載されているので、私も見覚えがあるものがいくつかありました。その一方で、希少でもないはずなのに見たこともない貝も。色や形で美しさを誇りながらも、大きさは1センチに満たないようなものも少なくないので、見つけられなかっただけかもしれません。
でもそれは大きさの問題というよりも、きっと著者の言うところの「貝を見る目」が私に養われていなかったから。「幼いころに生きているイトカケガイの美しさに心が震えるような感動を覚えた」という著者。巻末にある著者紹介の「貝殻は好きだが、食べるのは苦手」という記述を読んだときには思わず椅子からずり落ちてしまいましたが、解説の端々ににじみ出る貝への深い敬愛や自然への好奇心に満ちたまなざしには、読んでいて思わず笑顔になってしまうような心地よさがあります。
貝に心をつかまれるというのはどうも形容がしがたくて、わたしは「呪い」のようだと思います。一度かかったら解くことができない、とても強力なこの呪いは、鋭い観察眼と無限の知的好奇心を与えてくれます。
ああ、きっと私も、この呪いの世界に、もう足を踏み入れてしまっている……。来週は遅い夏休み。海辺には、貝殻を探してはいつくばっている私がいるに違いありません。さあ、みなさんも、貝を拾いに行かないカイ?
※写真は山と溪谷社からご提供いただきました。
※画像提供:山と渓谷社
ゲッチョ先生の原点がここに! 絵も美しい。
好感度ナンバーワンの桝さんが、アサリの研究に没頭した日々を綴る。
貝じゃないんですよ、フジツボは……。
同シリーズの微生物版。これまた美しくて、読み応え抜群。チーズが乳酸菌によるバクテリア食品で、味噌はコウジカビによる菌類食品とか、知らんかった。野糞の写真もあり。
ときめく図鑑シリーズ……幅、広すぎ。