『夢の新エネルギー「人工光合成」とは何か』がわかる! ホントにわかる!!

2016年9月14日 印刷向け表示
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人工光合成の技術を利用すれば、石油や石炭といった化石燃料に頼らずにエネルギーをまかなうことができる。同時に、全人類にとっての大問題となっている二酸化炭素の排出量を減少させることもできる。まるで夢か魔法の技術だ。

光合成というのは、植物や藻類、シアノバクテリウムといった細菌においておこなわれる、光をエネルギーにして水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を作る生化学反応である。光合成という言葉にはなじみがあるので、人工光合成というと何となくわかったような気がする。が、実際にどのような技術であるかを知っている人は多くないだろう。しかし、この本を読むと、人工光合成のすべてがわかる。

大きく三つの部分から構成されている。まずは光合成の原理の説明だ。光合成とは、光のエネルギーが酸化還元反応を通じて物質エネルギーへと変換される過程に他ならない。というと難しいように聞こえる。実際、その詳細は、よくこのような反応が進化で出来上がったものだと感嘆せざるをえないほど複雑だ。しかし、その基本が、よくぞここまでと唸らされるほど、実にわかりやすく説明されている。酸化反応、還元反応の意味までさかのぼって解説されているので、高校生、いや、中学生でさえ理解できるはずだ。我々の生命を支える光合成のありがたさを味わいながら、ここを読むだけでも十分に価値がある。

人工光合成のメカニズムが説明されている二つ目のパートがこの本の最も重要なところである。おおきく三つの方法があって、まず最初は、光合成をおこなう細菌を利用する方法だ。もともと、植物で光合成をおこなう葉緑体は、大昔に、植物細胞に取り込まれたシアノバクテリウムに由来する、いわば、シアノバクテリウムは光合成の老舗である。シアノバクテリウムは独立した生命体なので、光合成から作り出したエネルギーを、自分のために利用して増殖しようとする。なので、シアノバクテリウムに遺伝子改変をおこなうことにより、その増殖に回されるエネルギーを削ることにより搾取して、「生かさず殺さず」水素を作ってもらおうという方法である。

この方法が、シアノバクテリウムを利用した半人工光合成とでも呼ぶべきものであるのに対し、生物を利用しない完全な人工光合成がある。その嚆矢となる画期的研究は日本人研究者によって成し遂げられた。ホンダ-フジシマ効果と名付けられているその現象は、当時、東京大学生産科学研究所に所属していた本田健一(故人)と藤嶋昭(現・東京理科大学学長)によって発見されたものだ。

白金と半導体である二酸化チタンとを電極に用いて紫外線をあてると、水が電気分解されて、酸素と水素が生じることを発見したのである。この現象を観察した藤嶋は「植物の光合成と類似のことが起きている」と看破し、ここに人工光合成研究の歴史が始まった。まったく知らなかったのだが、その後の展開を見ると、画期的などという言葉では表せない偉大な業績だ。このような半導体を用いたものが、人工光合成のひとつの方法論である。現在は、半導体光触媒を利用し、ホンダ-フジシマ効果とは少し違って、紫外光ではなく可視光を利用することにより、クリーンエネルギーである水素を作り出すことができるようになっている。

自然の光合成で光を受容するのは、もちろん半導体などではなく、クロロフィルを代表とする色素である。クロロフィルは非常に複雑な分子なので、人工的に改変することは困難だ。なので、その代わりに、クロロフィルに類似した、より簡単な構造のポルフィリンという色素分子に光エネルギーを受容させることにより、二酸化炭素から炭水化物を作るのが三つ目の方法である。

これら三つの方法の原理と、それぞれの長所と短所、問題点と今後の展開がわかりやすく述べられている。特筆すべきは、他国の追い上げが厳しいとはいうものの、どの方法においても、日本での研究が世界のトップレベルを走っていることだ。

最後のパートでは、人工光合成がほんとうに実社会に活かされるようになるかどうか、の将来像が描かれていく。いくら優れた基礎技術があっても、エネルギー問題を解決するには、その大型化・産業化が必要であるし、コスト面で採算があわなければどうしようもない。さらに、たとえば、人工光合成によって作られた水素ガスがメインになるならばガソリンスタンドの代わりに水素スタンドが必要になる、というように、社会インフラ整備までが必要になる。このように、とんでもなく大がかりな話なのである。

太陽光エネルギーを利用するなら、太陽電池パネルがあるからいいではないか、と思われるかもしれない。しかし、電気は、蓄えることや長い距離を移動させることが困難である。それに対して、人工光合成では、水素や炭水化物という物質にエネルギーを変換することができるので、こういった問題点を克服できるのだ。

光合成の原理から、人工光合成研究の展開、そして社会実装まで、いかに幅広いテーマが取り上げられているかがわかるだろう。そして、人類の未来にとってきわめて重要な内容が、コンパクトにわかりやすくまとめられている本がどれだけ貴重かもおわかりいただけるだろう。この本は、光化学の研究者・技術者の学会である光化学協会のメンバーによる共同執筆だ。そういう本はえてして全体の統一がとれておらず読みにくいことが多いのだが、この本は真逆である。学会設立40周年を記念してこのような本を出せるだけでも、素晴らしい学会であることがよくわかる。心から敬意を表したい。

人工光合成が可能であることをしめしたのは、イタリア人研究者であるチアミシアンだ。その「The photochemistry of the future. 未来の光化学」と題された論文が Science 誌に発表されたのは1912年、およそ百年前のことである。まだまだ克服すべき問題も多く、ほんとうに人工光合成が将来的にエネルギー基盤として利用できるかどうかはわからない。2050年を目標として研究が大規模にすすめられているが、果たしてそのような時代がやってくるのだろうか。この本は、そのような大きな夢を考えさせてくれる。

人工光合成なんて難しそうと尻込みせずに、この本に、一人でも多くの人にチャレンジしてほしい。秋の夜長に最適の、間違いなく”賢くなれる”一冊だ。 

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学会編集+エネルギー関係つながりでこの本も。ずいぶん前ですが、レビューしてます。

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