2000年10月、中国政府は中国-アフリカ協力フォーラム第一回会議を北京で開催し、江沢民国家主席(当時)が中国のアフリカへの「対外進出」政策の推進を高々と宣言した。天然資源を軸とした中国とアフリカ諸国の蜜月関係のはじまりである。
以降、2000年代初頭から今日に至るまで、欧米企業が主導していたアフリカでの資源開発に中国企業が次々と参入することとなる。後世の歴史家がグローバルな天然資源の配分のされ方を記す際には、2000年10月は「欧米の資源略奪システムを中国が乗っ取ったターニングポイント」として扱われるだろう。
この中国のアフリカへの「対外進出」政策の最前線で巨額取引を次々と決めていったのが、あご髭と眼鏡が特徴的な徐京華(Mr. Sam Pa)というビジネスマンである。中国政府の元諜報員とも噂されている人物だ。
中国によるアフリカへの巨額取引は、一般的に、1,000億円単位の資金を低利で貸し付け、中国の企業に現地のインフラを整備させた上で、石油や鉱物資源で融資の返済をさせるという手法だ。中国は財力を使って天然資源を確保でき、融資を受ける側の国は天然資源を使って自国の経済発展を遂げられるという、一見、相互利益ある国家間取引である。
しかし、その取引の裏では、影の政府間取引も同時に行われている。中国系の個人投資家とアフリカの独裁者が秘密裏に資源権益を保有し、相互に利益を享受しあえるような取引である。この取引によるメリットがアフリカ諸国の国民に還元されることはもちろんない。独裁者やその取り巻きのポケットマネーと化すだけだ。
徐京華が率いる企業群は「クイーンズウェイ・グループ」と俗称で呼ばれている。クイーンズウェイ・グループによる成功例は、アフリカ西側に位置するアンゴラでのビジネスだ。アンゴラは、政府や企業の汚職実態を測る「腐敗認識指数」で全168カ国中163位に位置するほど、汚職が深刻な国である。アフリカの中でも石油天然ガスの資源が豊富で経済成長著しい国だが、人口の70%が1日2米ドル以下で暮らしているなど、深刻な格差が蔓延している。
そんなアンゴラにて、クイーンズウェイ・グループは、アンゴラと中国それぞれの国営石油会社と三社で合弁を組み、数々のアンゴラの油田開発に共同参画している。両国の国営石油会社同士の合弁事業に一民間企業が参画していること自体が謎だが、もっと謎なのはこのクイーンズウェイ・グループがアンゴラ油田権益から享受しているはずの利益の行方である。
資金の流れは英領ヴァージン諸島などのタックスヘイブンを挟んでおり、情報開示が一切なされていない。一部クイーンズウェイ・グループ関連企業の取締役名簿からはアンゴラ政府高官が名を連ねていることや、アンゴラ政府高官が執拗にクイーンズウェイ・グループを庇護することから、政府高官へリベートが支払われていることが疑われている。
クイーンズウェイ・グループのビジネス手法は至ってシンプルだ。国際社会からのけ者にされ、誰もビジネスをしたがらない政府を見つけ、その政府に天然資源を現金に変える唯一のサービス提供者になる。アンゴラだけでなくジンバブエでもこの手法を用いてビジネス展開する徐京華は、欧米諸国が「世界最悪の独裁者」と嫌うムガベ大統領に近寄り、米国制裁対象者リストに加えられている。
こうした一連の裏取引による被害は、独裁者やその取り巻きが私腹を肥やすことだけではない。独裁者に自由に使える資金を与え、国民を無視した政治がなされやすい土壌をつくってしまうことだ。著者はこう指摘する。
政府が天然資源から得る収入は、(中略)国家を支配する人々が勝手に使える資金を大量に生み出す。極端な場合になると、統治者と国民との社会契約さえ破綻させてしまう。支配階級の人間はもはや国民に課税して政府の資金を集める必要がないため、国民の同意を取り付ける必要もなくなってしまうからだ。
普段、私たちは、携帯電話を使ったり、車に給油したり、恋人に指輪を送ったりする際、それらの元となる資源がどこから誰の手でどのように生み出されたのかを詮索しようとしない。我々の無関心こそが植民地時代から続くアフリカでの資源略奪システムを生きながらえさせていると著者は指摘し、本書を閉じている。誰がどのように資源を支配するかという形が変わっているだけで、略奪システム自体は植民地時代からなんら変わっていないと。