数学や科学に強くなるには、どのように取り組めばいいのだろうか。
巷にはいろいろな方法を謳った一般書が出回っているが、これといった効果を実感できなかったので、この本を手に取ってくれた人もいるかもしれない。そういう人の他にも、短期間で数学や科学をものにしたい人、問題解決のコツと学習法の要点などを知りたい人の要望に応えるのが本書である。原書A Mind for Numbers: How to Excel at Math and Science (Even If You Flunked Algebra)(数字に強くなる考え方――数学と科学に抜きん出る法[たとえ代数で落第点を取ったとしても])はアメリカで飛ぶように売れ、2016年2月にAmazon.comの学習書部門の第3位に躍り出た。
数学や科学の勉強の仕方を取り上げたからには著者バーバラ・オークリーは理系の学者だろうと思いきや、ロシア語がペラペラの言語が大好きな女性、しかも元軍人だった! 著者は陸軍を退役すると(最終軍歴は大尉)一念発起して再教育を受け、高校で数学と科学の単位を落とした「脳をつくり直し」、ミシガン州のオークランド大学で電気情報工学の修士号とシステム工学の博士号を取得後、同大学の工学教授となった。子育てをしながら通学して修士号を手にしたときは40歳に、博士号の場合は43歳になっていた。10代後半や20代ならいざ知らず、40代の文系の脳でさえ高等数学や先端科学を習得できたのである。
その秘訣を簡潔にまとめた本書に目を通せば、夜遅くまで問題や課題と格闘しなくとも楽しみながら効率よく数学や科学を理解して直感を磨くことができる。
こんな夢のようなことがなぜ可能なのかといえば、本書の学習法は脳機能をふまえているためだ。徹夜の試験勉強が功を奏さないとおり、脳は無理が利かず、そのうちに思考が空回りしてくる。脳といえども活動と休息を繰り返す。この脳の自然なリズムを生かすことがポイントであり、長時間机にかじりついて勉強するのは全く逆効果だ。それよりも短時間の集中的学習の合間に息抜きをしたほうが頭の回転がよくなり、難問の答えがふと思い浮かびやすくなる。要は、一心不乱の「集中モード思考」とリラックスしたときの大局的な「拡散モード思考」を交互に行う。こうすると複数の脳領域がつながるために洞察力が増し、数学や科学の学習の核となる問題解決能力が大幅に伸びる。
他にも著者ならではのノウハウがある。主なものを以下に挙げよう。
・教材を繰り返し読んでも理解できたと勘違いするだけで、身にならない。一ページ読んだら要点を思い出してこそ(「検索練習」)記憶に残り、深く、たくさん学べるようになる。数ある学習形態の中で最も効果的・能率的なものが、この検索練習だ。
・数学や科学の専門知識を身につけるには、バラバラの情報を結びつけて概念や問題の解き方の「チャンク」をつくることが第一歩となる。
・概念や解法のチャンクを増やすと直感が働いて正しい解き方がひらめきやすくなる。
・難問の解き方が直感でピンと来るよう別種の問題を取り混ぜて練習する(「インターリーブ」)。
・「記憶の宮殿」などの記憶術は記憶力を伸ばすばかりかチャンキングを加速するため、専門知識をすばやく習得できる。
・試験では難しい問題から始めてやさしい問題に移る。
・脳の右半球を使って計算間違いのようなうっかりミスを見つけ出す。
・「結果」ではなく「過程」を重視して勉強の流れに乗る。
・「ポモドーロ・テクニック」で勉強の先延ばしを防ぐ。
・勉強が捗るアプリとプログラムを活用する。
・睡眠を上手に利用する。
さらに、一流の専門家や大学生、苦学生が語る経験談やアドバイスもためになるし、やる気を起こす。著者の言葉の中でとりわけ印象に残るものがある。その言葉にも奮い立つ。意欲や自信を失いかけたときには読者も次の一文を思い出してはいかがだろうか。
ありのままの自分と、他の人とは「違う」特質に誇りを持ち、それをお守りにして目標を達成しよう。
2016年3月 沼尻 由起子