出会い系の売春で食いつなぐ少女たちを取材してきた著者が、シングルマザーを取材対象に選んだことは意外な感もあったが、「貧困」という同じ根でつながっていた。出会い系を利用していた30-40代の女性の多くは子どもを抱えたシングルマザーだったという。本書では著者が出会い系に直接アクセスして知り合った約20人の「売春するシングルマザー」たちへの取材を重ね、貧困の最底辺を描いている。
母子世帯を取り巻く環境は厳しい。母子家庭の貧困率は5割を越え、就労による収入は平均181万円で、所得は全世帯の半分を下回る。その5割以上が非正規雇用だ。
「努力が足りない」、「もっと働け」。そんな声も聞こえてくる。だが、働いても貧困から抜けだしにくいことはデータが物語る
経済協力開発機構(OECD)のデータ(10年)を基に各国を比較すると、就労していないひとり親世帯の相対的貧困率は米国が90.7%、ドイツが54%などと高く、日本は50.4%でOECD平均の58%を下回っています。しかし、就労しているひとり親世帯の貧困率は、米国が31.1%、ドイツ23.8%、OECD平均も20.9%と、それぞれ大幅に下がっています。就労すれば所得も増えるため、貧困から抜け出すのが自然な流れです。ところが日本は50.9%と逆に上昇しています。日本のひとり親世帯は、働いても貧困という例のない状況です。(東京新聞2014年10月15日付)
離婚しなければいい。夫から養育費を貰えばいい。親や親族に頼ればいい。そもそも、貧困だからって体を売るのか。体を売るにしても風俗店の方が安全では。出会い系はないだろう。いろいろな疑問が浮かぶが、本書を読み進めると、出会い系にアクセスする彼女たちにはほとんど選択肢がないことがわかる。
家庭内暴力を振るう夫からは養育費も慰謝料もとれず、下手すれば籍も抜けない。家族とは断絶、友人はいないか、ゴタゴタに巻きこまれているうちに疎遠になった。子どもがいじめられる懸念や世間体から生活保護は受給できない。大半が離婚前後にメンタルが不安定になり、精神科に通院している。昼間のパートだけでは生活費は足りない。正社員への道は険しい。容姿に恵まれなければ30歳を過ぎると風俗店の門戸は狭くなる。結果、出会い系に手を出す。
本書に出てくるのは、そんな八方塞の女性たちだ。読み始めたときは「極端な話をされてもね」と正直、困惑した。「どうにかならなかったのか」という思いは絶えずよぎった。
出会い系で売春したきっかけについて聞くと、取材対象者の約2割が「だって寂しかったから」と答えたという。
「寂しいってなんだよ」と突っ込んでしまった。著者も困惑を隠さない。
30歳も超えようという大人の女が、しかも子をもつ母親が、「寂しいから売春した」といって、そこに同情の余地があるはずがない。はずがない、と思っていた僕が、実は浅はかだった。僕は知らなかったのだ。「やむを得ず」売春相手に会ってしまうほどの、圧倒的な寂しさがあることを。そんな想定外の寂しさを生み出す、離婚、シングルマザーという、特殊な環境と心理を。
彼女たちは家族や地域、社会制度全てに無縁な存在だ。彼女たちの絶望的な孤独を、それらの縁が足りている人間からは哀れむことは出来ても、置かれた立場を簡単に想像などできるわけがないのだ。読み進めるうちに、その孤独にぼんやりと触れることができる。
著者は生活保護を受ければいいと彼女たちに働きかけるが、一様に拒否される。理由はさまざまだ。田舎では生活保護受給者に対する差別は未だに残る。子どもを守りたいがために、踏ん張っているのに、その子どもが学校で悲惨な目にあうことは絶対に許容できない。以前、市役所で屈辱的な目にあった。貧困を抜け出す一発逆転には婚活しかない。そのためには生活保護を受けていたら支障が出る。いずれも、世間の目が弱者のセーフティーネットを全く機能させていない点が共通している。
著者が指摘するように彼女たちには共感できない。意見が矛盾していることも少なくない。だが、笑うことも出来なければ、責めることも出来ない。彼女たちは福祉に頼らず、必死に生きているのだから。パートと出会い系で、世間が罵る税金泥棒にならずに。だからこそ、彼女たちの絶望的な貧困は世間からは漏れ落ちてしまっているんだけれども。
著者は全体を通じて、取材対象と距離を保ち続ける。政治や社会をこき下ろすわけでもなく、彼女たちに同情を誘うような文言を並べるわけでもない。淡々と彼女たちの生活を描写することがむしろ貧困の悲惨を浮き彫りにする。
もちろん、出会い系のシングルマザーは全体から見ればわずかだ。彼女たちをシングルマザーの代表のように論じる気は著者にも毛頭ない。ただ、ひとりの主婦が不運の連続で出会い系のシングルマザーに転落する現実が陸続きの同じ日本で起きていることをを我々はどれだけ知っているだろうか。
社会が複層化する中で、自分の周囲での絆は強まっているのかもしれないが、狭い範囲の仲間以外は、全く人間として感じられない傾向は強まっているのではないか。本書の中でも、若い女性数人が出会い系のシングルマザーの話を著者から聞き、激しく罵っている。「我が儘じゃないですか」、「そういう人が子ども産んじゃヤバくね?」。本書は2010年に出版された『出会い系のシングルマザーたち』の文庫版だが、著者はこの数年でのシングルマザーの貧困に対する自己責任論の高まりを懸念する。
本書のあとがきはこう結ばれている。
出会い系のシングルマザーたち。彼女らは、誰もが容認できる存在ではないかもしれない。だからと言って、彼女たちを、彼女たちの抱える苦しみを放置することは、決して許されることではない。社会福祉とは、公的扶助とは、その当事者が大衆にとって容認の対象であろうとなかろうと、等しく困窮状態にある者を救うべきものだからだ。