天候不順によって延期が続いているものの、H-IIAロケット26号機による「はやぶさ2」の打ち上げが間近に迫っている(本書著者による打ち上げ延期レポート)。東京オリンピックの興奮冷めやらぬ2020年末の日本に、「はやぶさ2」はどんな成果を持ち帰ってくれるだろうか。本書は、「はやぶさ」の大冒険から得られた成果を振り返るところからスタートし、「はやぶさ2」が何を目指し、どのように実現されたのかをJAXAや参加企業のプロジェクト担当者のインタビューを中心にまとめたものである。
骨太なサイエンスを取り扱うことの多いブルーバックス刊だが、著者が「一般の読者の皆さんにも理解できるよう描くことを心した」というように、本書は実に幅広い読者層が楽しむことができる内容となっている。なにしろ科学的、工学的視点以外にも、プロジェクトマネジメントの在り方や、国の科学技術政策、宇宙のロマンなど多様な興味をくすぐるエピソードが満載なのである。
2010年6月13日に60億kmもの旅路の末、小惑星「イトカワ」から持ち帰られたサンプルの最終目的地は、「はやぶさ」帰還時に日本全国の視線が注がれたオーストラリアのウーメラ砂漠ではなかった。秒速12キロメートルで大気圏に突入した際に発生したであろう3,000℃の熱に耐えたサンプル入りのカプセルは、すぐにチャーター機で神奈川県相模原市の宇宙科学研究所に運ばれたのだ。「はやぶさ」プロジェクトは、惑星からサンプルを持って帰るという「工学的」挑戦から、そのサンプルを詳細に分析していく「理学的」作業へとフェーズが移っていった。
並外れたプロジェクトによって得られた貴重なサンプルの取り扱いには、並外れた慎重さが要求される。サンプルの入った容器と蓋を固定しているラッチ枠を外すのでさえ、5ミクロンずつレーザーで計測しながら緩めていったというのだから、その作業の困難さは相当なものだ。この開封作業にまつわるあらゆるリスクを最小化するために、1年半も前からシミュレーションが繰り返されていたという。実際にこの作業を担当された東北大中村教授のインタビューは呼んでいるだけで、文字通り手に汗握る。手先の狂い1つが、サンプルをダメにしてしまう可能性すらあるのだ。
茨木大学野口教授は、サンプルを薄く切る技術を極限まで高めるために、東海村の日本原子力研究所の専門家のもとに4年間、計200回通いつめたという。そこで身につけた技術によって、「イトカワ」のサンプルは数百ナノメートルにまで薄切りにされた。本書に出てくる数字は想像を絶するほど大きいか、目に見えないほど小さい。それ故、求められる技術レベルは人の限界に近いものとなる。プロジェクト担当者が到達した技術レベルの高さを知れば知るほど、産学両面で技術を長年蓄積していくことが、宇宙開発には必須であることが痛感される。富士通の50年以上にわたる軌道計算技術の継続が「はやぶさ」の帰還に大きく貢献しているように、中小も含んだ日本企業の力が「はやぶさ」の成功には欠かせないものだったのだ。
気の遠くなるような長い旅と、神経をすり減らす分析を経て、「はやぶさ」のサンプルからは多くの新事実が明らかとなった。「イトカワ」は主成分が岩石である「S型惑星」であることは地球からの観測でも分かることだが、ナノサイズの硫化鉄を含んでいたことは、多くの科学者に驚きを与えたそうだ。このように、実際のサンプルからしか得られない知見から、太陽系誕生の秘密が少しずつ理解されていくのである。しなしながら、どのように生命がもたらされたかは、岩石ばかりからなる「S型惑星」をいくら調べてもわからない。その謎の解明には、有機物や含水鉱物を多く含む「C型惑星」を分析しなければならないのだ。
「はやぶさ2」が目指す小惑星1999 JU3こそが、その「C型惑星」である。そもそも「はやぶさ」のミッションは、小惑星からサンプルを持って帰るという工学的な内容が主たるものであった(ミッションは見事すべて達成している)。「はやぶさ2」では、「はやぶさ」で確立した技術を改善・進化させることはもちろん、前回よりも大きな科学的成果が期待されている。
宇宙誕生、生命の起源の謎により迫っていくために、「はやぶさ2」には強力な武器が追加された。その武器とは、「インパクタ」と呼ばれる衝突装置、つまり爆弾である。宇宙の彼方の惑星まで探査機を飛ばし、爆弾で惑星に人工クレーターをつくり、惑星内部のサンプルを取得すると聞いて、ワクワクしない人などいるのだろうか。もちろん、探査機が爆弾を抱えて宇宙へ旅立つというのは世界初の試みである。太陽による風化の影響を受けていない惑星内部のサンプルを取得できれば、太陽系誕生当時の姿がより鮮明となるかもしれない。「はやぶさ2」は帰還時のみならず、2018年の爆弾投下時にも大きな関心を呼ぶことだろう。
「はやぶさ2」は多くの世界初となる成果を上げ、宇宙の謎を解き明かすヒントをもたらしてくれることだろう。しかしながら、日本の宇宙関連予算の削減は非常に厳しい状況にあるという。産学に高度な技術の蓄積を要求するこの分野で、一度足を止めてしまうと、再び度世界の最前線にたつことは困難となるだろう。「はやぶさ2」が帰還するころ、日本はその次の大きな夢を描けているだろうか。
同著者による「はやぶさ」の大冒険をまとめた一冊の文庫化。文庫化にあたって追加・修正が行われている。この本をもとに映画も制作された。こちらもプロジェクトメンバーへのインタビューが数多く収録されており、現場の空気感がひしひしと伝わってくる。
こちらは「はやぶさ2」の技術的側面に加えて、そのプロジェクト進行の裏側にもスポットを当てた一冊である。こちらも講談社刊であり、「はやぶさ2」への意気込みが伺える。「はやぶさ2」の実現には、予算面だけでなくサイエンスコミュニティからの逆風もあったとは。『小惑星探査機「はやぶさ2」の大挑戦』と合わせて読むと、新たな視点が与えられる。
「はやぶさ」のプロジェクトマネージャとして一躍時の人となった著者による一冊。向井万起男氏による解説はこちら。