『フライターグ』 オンリーワンのカバン作り

2014年10月9日 印刷向け表示
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フライターグ 物語をつむぐバッグ

作者:チューリッヒ・デザイン・ミュージアム
出版社:パルコ
発売日:2014-09-21

1993年、僕たちふたりはチューリッヒの高速道路のすぐ脇に住む自転車乗り兼デザイナーでした。ある日、キッチンの窓から外を眺めていて、あの汚れた、10万マイル走るトラックのターポリン(防水シート)であつらえたメッセンジャー・バッグがあったらいい感じだろうとひらめきました。そのバッグは一点もので、リサイクル素材のみで作られており、丈夫で防水仕様。それは実現しました。

本書はフライターグ兄弟が作ったスイスのバッグメーカー「フライターグ(FREITAG)」に迫った本だ。著者のレテーナ・メンツィはチューリヒ・デザイン・ミュージアムのキュレーターであり、チューリヒ工科大学(ETH)のビジュアルデザイン学部の講師も勤めている人である。調査にあたって採用したのは、オーラル・ヒストリーの手法であった。環境に優しい「世界に1つしかないバッグ」を作るメーカーとして、フライターグは他とは少し違うポジションを確立し、20年をかけ、世界に30万個以上のバッグを輸出するグローバルな会社に成長した。その理由は何なのか?また、良いデザインの製品を商業的に成功させるためには、何が必要なのだろうか?18人・19回に及ぶ詳細なインタビューの結果をまとめ、2012年に開催された展覧会『アウト・オブ・ザ・バッグ』にあわせて刊行されたのが本書である。

インタビュー群は5つに分類され、それぞれにテーマが設けられている。「フライターグはどんな感じ?」と名付けられた最初の章は、フライターグ兄弟へのインタビューで始まり、兄弟が最初に製品を持ち込んだ店のオーナーが続く。読者はここで、この会社がどのようなビジネスを行っているかを理解できる。

次の章は、「フライターグはいかにストーリーを語るのか」だ。オンラインストアーの担当者は、なぜカジュアルで個性的な電子メールを書いているのかを語り、コマーシャル部門の担当者は、有料広告を打たず、独自のチャネルや製品自体によって顧客とのコミュニケーションをとっている理由を語る。

フライターグはわかりやすくはありません。われわれが語るストーリーは一目見てすぐ通じるものではないのです。われわれの顧客は、個人的に語りかけられているように感じ、ひとりひとりが思考を求められているように感じるのです。

会社や製品のバックグラウンドをユーザーに理解してもらう上で、販売店は最も重要な「タッチポイント」になる。3章は「フライターグはどのように商品を販売しているか」である。新規出店の際には「バッグの隣にはどんなブランドが置かれているか」をイメージしながら街を自転車で回り、良い物件を探す。本書では、ウィーンにおいて鉄道模型の店だった場所を改装する事例が取り上げられる。前の店が取り付けたものだけを取り外して50年前の状態に戻し、古い木のケースはそのまま再利用し、天井に「ひび割れ」を付け加えていく。その過程は、店に置く「リファレンス」シリーズが「ジャーナリズムの夜明けと初期の印刷機の時代」をイメージしたものであることに由来してる。

第4章ではブランドが維持されていることに注目し、「マーケット・アイデンティティ」の見直しを担当した外部企業の担当者と、コピーライターがインタビューされる。印象的なのは、ブレインストーミングを何回も行った上で、そのコンセプトを図表化し、そこからさらに「関係ない絵や写真」を図表の隣に置き、異なる視点からイメージを膨らませるという徹底ぶりだ。

そして、5章ではいよいよ開発に目を転じる。ファウンダーのダニエルは、新製品の総合デザインにあたって「豊かな想像力」が必要であると述べる。

未来に存在するモノを細部まで完全体として想像し、それと同時に広がりがあるものとして思い描く能力のことです。

何にせよ、まだ存在していない何かが見えればいいのです。仕事の相手がいる場合には、自分の想像力のパワーを疑う場面もあるでしょう。

「想像力のパワーを疑う」とは、相手の言っていることがわからなくても、きっと面白いことを言っているはずだと信じてあきらめない、という意味だろうか?それとも、自分の想像の面白さが相手に伝わらない時の気持ちだろうか?

これに加えて挙げられるのが「直観」だ。これはおそらく「情熱」と深く関係しているという。

しばしば困ってしまうのは、日々の業務の中に直観が入る場所が無いことです。直観はエクセルのスプレッドシートに組み入れるのが難しいものです。

そのような直観は、どのようにすれば会議に持ち込めるのだろうのか?ダニエルは、「細部について語る」ことだという。私は、どこかで読んだスタジオジブリの映画の作り方のようだと思った。クリエイティブの方法は同じところに通じていくのだろうか。

本書はここからさらに製造プロセスについての物語を紹介し、最後に、フライターグ兄弟が20年を振り返る。また、日本版には銀座店と渋谷店の店長さんのインタビューが追加されている。就任されるまでのめぐり合わせが面白い。

正直に言えば、読み終わってもフライターグの秘密は未だわからなった。和菓子のように少しずつ異なるものを作り、独自の一貫したマーケティングで世の中に広める。10年以上使えるリサイクル品だ。時にはスタッフに「売ろうと思うな」と言い、時には「機能的すぎる」とか「トレンディすぎる」という理由で商品企画をボツにする。なぜ、それでうまくいくのか。なぜ、そんなにゆっくり焦らず行けるのだろうか。秘密はないのかもしれない。兄弟が最初にバッグを持ち込んだ販売店の主人は、「彼らが撒いた種から本当に収穫を手にできるようになったのは、ついこの8年のことではないか」という。

ミュージアムの展示会で発売された本らしく、本書の後半3分の1程はカラーの写真集となっている。ファンから送られてきた写真、お蔵入りになった女性向けのモデル、通りかかったところを撮影されたトラックのカラフルな写真(タープ購入依頼のため撮り貯めていた)など、選ばれた写真もまた会社のキャラクターを表現していて面白い。
 

クリーニング革命―すべては喜ばれるために

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出版社:アスペクト
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千年企業の大逆転

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