歴史をどう捉えるか。専門家の間でも長年にわたって議論されてきた話だが、私を含め、門外漢からするとどうしても個人の行動を中心に読み解きがちだ。
だが、考えてみれば至極当然だが、我々の生活を形作ったのは、遠い昔の誰かであるケースは非常に少ない。長期の気候変動が食文化や生き方を変えてきたのが人間の歴史である。短期的、局地的に見ても歴史の転換点となる戦争の趨勢に気候が与える影響は小さくない。本書では気象気候の変化と社会の変化を結びつけて、先史時台から現代、未来予測まで40のテーマを解説する。話題も戦争や政治だけでなく、食文化からストラディバリウスまで幅広い。
例えば、紀元前218年にカルタゴのハンニバルが冬のピレネーやアルプスを越えてローマを襲撃する話がある。この話自体は、ローマへの復讐に燃えたハンニバルがイタリア半島を席巻した出来事として教科書にも載っている。軍事作戦としても有名で、過酷な冬のアルプスを越えることで、ローマをあわてふためかせた。個人的にも極寒のアルプス越えに耐えながら作戦を遂行するハンニバルの執念を想像し、思春期に感動を覚えたものだが著者はこう指摘する。
ミュンヘン近郊のアマー湖の湖底に埋もれた貝に含まれる酸素同位体比率から推測すると、湖水温は現在とあまり変わらない。一方でアルプスの森林限界をみると、現在よりも300メートルから500メートル高い地点にあった。ポリュビオスやリヴィウスの書には峠越えで雪と苦闘した記録が書かれているが、現在の気象状況と比較するとさほど劣悪というものではないようだ
自然科学の力により、「さほど劣悪というものではない」と何とも簡単に私のハンニバル様への幻想をぶっ壊してくれるのだ。
他にも6世紀に領土を急拡大していた東ローマ帝国の勢いを止めた遠因は地球の裏側にあたる現在のエルサルバドルの巨大火山の噴火という指摘やナポレオンの夢を頓挫させた気象分析などそそられる話が少なくない
もちろん、気象気候変動により歴史が全て決まったわけでもない。ひとつの原因に過ぎない。だが、「自然は恐ろしいですね」などと災害が起きるたびに言うわりには、自然の力を軽視しているのではないか。それが我々の歴史観に如実に表れているのではないだろうか。異常気象が叫ばれる今日だが人間の歴史は異常気象との戦いであることは本書を読めば明らかだ。英雄史観に偏りがちな見方に自然科学の視点を持ち込むことによって、新たな風景が見えてくる。
平家が滅んだのは驕れる者だったからではない!地盤としていた西日本が天候不順で食べるものがなかったから?
戦いの歴史と戦術、兵器などをイラストや図版とともに解説。たまりません。