久しぶりに面白いキーワードを目にした。
標題の『グロースハッカー』とは、シリコンバレー発による「事業の成長請負人」のことを指す。Dropbox、Mailbox、Twitter、Instagram、Pinterest。今では華々しく活躍しているこれらの企業にも、苦境にあえいだスタート時期があった。人もいない、予算もない、顧客もいない、知名度もない。
そのような中、グロースハッカーと呼ばれる人たちは、初期のスタートアップに最も必要となる顧客の獲得を再現可能な手法で実践し、事業を急速に成長させてきた。本書は次世代型マーケティングとも目される「グロースハック」の概念を解説した、日本で初めての一冊である。
そのルーツは、バイラルマーケティングの成功事例には必ず登場するであろうHotmailの成功事例の中にある。メールの最下行に「Get your free email at hotmail」の一行を追加しただけで、新規登録者が加速度的に増加したという逸話はあまりも有名だ。
このマインドを受け継いだ者たちが、測定やROI全盛の時代に開花した。製品やサービス自体にマーケティングパーツを組み込むことによって、ユーザーがユーザーを引き込む状態を作り上げ、急成長が技術的に獲得できることを示してみせたのだ。
たとえばTwitter社。同社のグロースハッカーは統計データを分析した結果、ユーザー登録した当日に5〜10人を自分からフォローしたユーザーは定着率が高いことを見抜いた。となれば、やることはただ一つ。ユーザー登録のフローの中に、フォローした方が良いおすすめユーザーが表示されるように改良し、その精度を高めていけば良いのだ。
この他にも本書では紹介されていないが、Dropbox社はファイルを一つ置くということを指標としているし、Facebookでは登録から10日以内に7名の友達とつながることを指標としているといった事例が存在する。
一見ものすごくシンプルなPDCAのように思えるが、その前提には奥深い決断が存在する。このアクションを実行するためには、自ずと「誰」と「どこ」にフォーカスを当てるかという判断が、事前に為されていなければならないのだ。
それは一言で言えば、「アーリーアダプター層の定着化・最適化」ということにある。まったく接触のない、しかも忙しい人をバナー広告で呼び寄せようとするのではなく、見込みのある顧客を真の顧客にすることに、少ないリソースの大部分を割くべきなのだ。
サービスに追加した機能でユーザーを定着させられるなら、その機能自体もマーケティングの一環ということに相当するであろう。そして戦略が当たれば、サービスは顧客のニーズと完全にシンクロした理想的な状態へと到達するのだ。
本書で紹介されている事例の中には、バズ・マーケティングや、インフルエンサー・マーケティングと呼ばれるもの中で紹介されてきたものも数多く含まれる。だが、これらを人を中心に再編成し、職種として定義付けたことに、このキーワードの大きなポイントがあると思う。
急成長の法則が何かということは、サービス・製品が千差万別であるため一括りに出来ないが、その職種の存在自体が再現可能な法則の存在をも証明しており、多くの人にとっての自分事化を促してくれるからだ。
マーケティング領域におけるWEBの存在には、功と罪がある。結果が透明化されることによりアカウンタビリティが向上する一方で、行き過ぎたコンバージョン至上主義はマーケティングをつまらなくしたとも言われきた。
だがその本質は、もう少し上流の工程にあったのだ。マーケティングを製品・サービスの構築に統合させることをハッキングという観点で捉え直せば、一見地味に思える業務も、クリエイティブでより面白いものへと生まれ変わらせることが出来る。このようにグロースハックとはマーケッターとエンジニアのハイブリッドな領域に位置する概念なのである。
たしかに、Webが世の中のビジネスの全てでは決してない。まだまだこの種の考え方が適用できる範囲というのは狭いだろう。しかし本書でも繰り返し述べられているように、要は「マインドセット」であり「気質」なのだ。
プログラミングが直接関与しないような領域でもハッキングという行為は実践可能だし、KPIはオフライン上に存在するかもしれない。このコンパクトな一冊の中には、マーケティングというものがハッキングに侵食され、科学的なものへと変貌を遂げるダイナミズムが存分に詰まっていた。
その手技の数々はターゲットにされた当人にも気付かれないほど地味なものかもしれないが、ほくそ笑むような快感を得ることがきっと出来るだろう。
今月号は「グロースハッカー」の特集。事例の中にはHONZが敬愛してやまないライフネット生命・出口会長も登場している。なぜ出口会長が全国行脚するのかがよく分かる記事。
シリコンバレーの虎の穴。Yコンビネーターのドキュメント。レビューはこちら