工学部ヒラノ教授シリーズの最新作だ。著者は筑波大助教授、東工大教授、中央大教授をへて、現在東工大名誉教授。御年72歳の今野浩氏である。オペレーションズリサーチの研究者、金融工学者として大きな実績を上げており、タイトルのヒラノ教授とは筒井康隆の『唯野教授』へのオマージュだろう。
ヒラノ教授シリーズは2011年に出版された『工学部ヒラノ教授』を皮切りに6冊目だが、新潮社から出版されている3冊がおススメである。ストレートな回顧録となっているからだ。
回顧録といっても老学者の古き良き思い出話などと思ってはいけない。凄まじいばかりの学者同士の出世競争や、他大学をも巻き込む壮大な権力闘争、論文や国際学会開催などをめぐる手柄の取り合いなど、いわば大学教授サバイバル実録秘話なのだ。
いっぽうで著者は「国民の将来に関する提言を行うには年を取り過ぎたし、われわれの世代は、現在の混迷する日本を生み出した責任者だからである」という。齢を重ねるとつい言いたくもなる社会や若者に対するお小言などはなく、むしろご自身の体験を生々しく語ることで、読者に仮想追体験をさせ、なにごとかを考えさせるような企みがある。
シリーズ3冊目の本書はスタンフォード大学、ウィスコンシン大学、バディー大学などアメリカの大学が舞台だ。数10年前の体験とはいえ、アメリカの大学システムは大きく変化をしていないはずだ。それほどまでにアメリカの大学は先進的だったともいえる。浅学非才な者にとっては羨ましくもあり、恐ろしくもある教育現場だ
文体は理路整然にして淡白流麗、リズム感もすばらしくじつに読みやすい。理系ならば、このような文章を書いてみたいと思わせる典型だ。
(5月25日 産経新聞掲載)