フェリックス・ロハティン。投資銀行家で、1970年代後半のニューヨーク市財政破綻の危機を救ったことで有名な人物である。幼少時にナチスから逃れてアメリカに移民、その後、ウォールストリートの投資銀行家としての名声を勝ち取り、ニューヨーク市の財政援助公社総裁としてニューヨークを財政危機から救い出した。後々、幼少時に住んでいたフランスで米国大使を務め、故郷に錦を飾るというユダヤ人のサクセスストーリーそのもののを歩んできた人物である。現在も投資銀行家として健在で、2008年にはリーマンブラザーズの社長兼会長のアドバイザーを務めており、評価の分かれるなかなか興味深い人物である。
そんな人物が上梓したのが本書。建国以来アメリカ経済を発展させてきた10件のインフラ事業を取り上げ、時の大統領を中心とするリーダー達の大胆な決断に迫っている。国内外の反対勢力と対峙し、叡智と忍耐力で説得していき、胃に穴があくような思いをしながらも最終的にはインフラ事業を実現させていくストーリーは読んでいて楽しい。
例えば1803年末にトマス・ジェファソン大統領が成し遂げたルイジアナ買収。その頃、ニューオーリンズ港やルイジアナ領土はヨーロッパ諸国の権力闘争の狭間であり、1800年のスペイン-フランス間合意により、ルイジアナはフランス領となる予定であった。当事、フランス民間武装船による襲撃に頭を悩ませていたアメリカは、自国の生産物の輸出ルートであるニューオーリンズ港がフランスに支配されることを防ぐため、1801年に交渉団をパリに派遣し、ニューオーリンズ買収を試みる。
交渉は全く進展せず時間だけが刻々と過ぎていくが、1803年、英国との戦争を控えていたフランスは軍資金確保のためにニューオーリンズだけでなく全ルイジアナ領土をアメリカに売却する用意あることを交渉団に伝える。これを好機と捉えたアメリカ政府は即座に価格を合意するも、合意価格は当事国家収入の1.5倍と超高額であり、事前にアメリカ議会から承認された額を大幅に上回っていた。
当然、議会からは猛反発を受けるも、時の大統領トマス・ジェファソンはニューオーリンズ港の重要性と広大な土地の取得は後世の発展に寄与するとして議会を説得し、かつ、巨額の資金調達を無事成功させ、フランスとの取引を実現させている。国土を2倍にするような取引を議会の承認なしで合意するという大胆で革新的な投資であり、ヴィジョンと信念がなければできない勇気ある決断である。
本書は他にも、エリー運河やパナマ運河建設、大陸横断鉄道や州間高速道路の完備など、どれも巨額の資金が伴う事業の決断をしていくリーダーの姿を紹介しており、読者を飽きさせない。著者としては、これらエピソードを通じて政府による公共投資の重要性を読者に認識してもらうことが本当の狙いのようだが、それよりも、大胆な投資を決断するリーダーが何に悩み、どう困難を克服していったかという視点で本書を読むと、より読書を楽しめるはずである。
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著者の自伝『フェリックス・ロハティン自伝: ニューヨーク財政危機を救った投資銀行家』