『沖縄軍人妻の研究』 知られざる米軍兵士の憂鬱と自立する日本人妻

2013年1月30日 印刷向け表示
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沖縄軍人妻の研究 (プリミエ・コレクション)

作者:宮西 香穂里
出版社:京都大学学術出版会
発売日:2012-11-09
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「沖縄軍人妻」。響きがたまらない。実は完全なタイトル買いだ。凛とした中に、日活ロマンポルノのタイトルにもなりそうな色香を感じられる。これほど魅惑的な5字の漢字があったのか。「沖縄軍人妻」。

版元は京都大学学術出版会。堅そうである。実際、本書は学術書だ。ポルノ云々言ったことを謝るべきだろうか。私の本棚では圧倒的な存在感を放ち、すでに浮いている。

とはいえ、本書は学術書にありがちな修飾句の多様などによる読みにくさとは無縁だ。沖縄の米軍兵士と日本人女性との結婚、離婚を考察し、まとめたものだが、インタビューの内容に基づいて構成されているため、肩肘張らずに読み進められる。

沖縄の海兵隊基地で米軍兵士22人と、米軍兵士と結婚した日本人妻50人にそれぞれ出会いから結婚までの過程や、親族つきあい、老後の生活設計から性交渉の状況、基地問題に対する考え方までを聞き取り調査している。基地内の創価学会ネットワークについての言及まである。決して片側からの視点ではなく 男女それぞれの視点から夫婦の問題を分析する。「米兵と結婚した沖縄の女性」と聞くと、沖縄でも「遊ばれている」女性という偏見は未だに少なくないらしいが、そうした考えに再考を迫る内容だ。

「沖縄の米兵」に関してはネガティブなイメージが先行しがちだ。実際、本書によると米兵の夫の家庭内暴力に悩む妻も少なくないという。暴力の有無を別にしても、米兵が異動に伴い、「家族を捨ててアメリカに帰る」と言う話を耳にしたことがある人はいるだろう。本書ではそうした「粗暴で冷酷な米兵とその被害に苦しみ妻」とは異なる夫婦生活の実像を浮き彫りにする。

例えば、30代後半の退役軍人リチャードは沖縄の海兵隊の基地内で働いているが、本当は本土の三沢空軍基地や北海道で働きたかったという。しかし、妻の優衣がかたくなに沖縄を希望した。

「本土での就職先があった。だが、それは妻にとっては十分ではなかった。本当は三沢や北海道などの本土に住みたかった。家族生活も楽だから。・・・・・・・日本人女性は本当に強い。今になってわかった。(略)」

「(略)優衣にとっては沖縄だけでは不十分。彼女にとっては沖縄で、それも北谷に住まなければならない。読谷村はどうかと聞くと、彼女は子供を学校におくるのには、読谷村は、彼女にとって遠すぎるという(略)」

また、40代後半のポールは沖縄出身の妻、真央のために沖縄で退役したが妻には次のように告げられた。

「もし、あなたがアメリカに帰らなければならないのなら、帰っていいよ。でも、わたしと子供たちはここにいるからと。でも、彼女はアメリカで仕事が見つらなかったら、沖縄に戻ってきてとはいわなかった。彼女が自分のことをどう思っているのかわからない。彼女には家族の支援ネットワークがある。家族からわたしは離れることはできない」

これらの発言には「粗暴で冷酷」な男の姿は見当たらず、家族を真剣に考えるひとりの夫の姿が浮かびあがってくる。退役した米兵が沖縄で職を得るのは簡単ではないが家族のために沖縄を離れない男性は多い。時には離婚をしても沖縄に留まる。上記の例は典型的だが、沖縄の女性の家族や地域の絆を重視する姿勢に悩む米兵は少なくないという。実際、沖縄には婚前から「私は沖縄から離れない」と公言する女性の割合が多い。著者も横須賀基地を比較に出して、「横須賀の妻たちは軍人の妻であるという意識も強かった。沖縄の妻たちは、米軍基地に依存するというよりは、沖縄の社会や家族の中で軍人との結婚生活を維持しているともいえる」と論じる。

居住地や仕事で夫婦で折り合いをつけても、問題は横たわっている。

30代後半のロドニーは妻、詩織への違和感を漏らす。

「他の男性とも話をしたけど、みんな同じ状況だよ。男性は優先順位に入っていない。なぜなのか分からない。多くのエネルギーが子供に注がれるのに、夫に対する愛情へは向かない。アメリカ人女性はそうでもないと思う。(略)。どうして彼女が夫婦関係がなくなってもいいのか分からない」

米兵に急に親近感が沸いてきたのは気のせいだろうか。マッチョな海兵隊員であろうが、妻に相手にされないのは、世のおとーさんの常か。沖縄の女性の場合は周りに家族がいることもあって子供中心の生活が本土出身の女性よりも強まる傾向にあるという。

そもそも、国際結婚の上に、軍人との結婚というケースだけに結婚生活を維持するのは難しい。米兵の男性とアジア人の女性の夫婦の離婚率は8割に達するとの試算もある。もちろん、自然と妻の家族にとけ込める米兵もいるし、夫の異動について行き、米国に終の棲家を決めた女性もいる。セックスも含めて良好な関係を維持している夫婦もある。沖縄の女性が夫よりも血縁関係を重視し、沖縄を離れたくないと「わがまま」を叫ぶケースもあるだろうが、両親の介護など複数の原因が絡みあっているケースの方が多い。

本書の興味深い点はこうした沖縄の「軍人妻」の多様性を示し、日本人妻の自立した姿と米国兵士の苦悩を描ききったことだろう。米国兵士の日本人妻の存在は基地問題という政治的、軍事的問題の陰に隠れて、透明の存在になりがちであった。一方、米兵は「粗暴で冷酷な」固定されたイメージで論じられるケースが多かった。そのような意味では、本書は沖縄と基地を考える上で新たな視点をもたらす可能性を秘めている。 価格は決して安くないが、米軍基地の取材という制約下で丹念に当事者の言葉を拾った貴重な一冊である。

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