本書の著者の岡ノ谷先生は、鳥の研究から始まり、現在は感情や心の研究を行っている東大の先生だ。また、「岡ノ谷情動情報プロジェクト」の研究総括であり、理化学研究所のチームリーダーでもある。そして、HONZ的には、あの『ハダカデバネズミ』や、ジュウシマツの歌についての『さえずり言語起源論』の著者である。であるからして、読む前から既におもしろいことが確定しているのだ。本書は、岡ノ谷先生が埼玉の高校生16人に行った4日間の講義を書籍化したものだ。そしてさすがは『単純な脳、複雑な「私」』を出している朝日出版社。1500円の本によくぞここまで、というお得感のある一冊である。最近の高校生にはチャンスがたくさん転がっている気がするのは私だけだろうか。この講義、私も受けたかった。若いって素晴らしい。先生も楽しまれた模様で、
高校生たちの熱意にひきずられ、1回の講義に、本1冊分くらいのネタを惜しげもなく入れてしまいましたし、まだ研究の途中段階であっても、アイデア段階であっても、必要であれば勇気を出して紹介してみました。だから、とてもお得な本だと思います。
私は、心やコミュニケーションのことは、高校生に伝わらないような言葉で語ってはいけないと思っています。思いっきりかみ砕いて話したつもりなので、好奇心さえあれば、知識ゼロからでも理解してもらえるはずです。
とコメントしている。補講が開催され、同窓会も開かれているそうだ。岡ノ谷先生は、自分は人見知りで、できれば一日中本を読んでいたい、と言っているが、とてもそんな風には思えない。きっと人気があるはずだ。本書を読んでいると、たまに「おおっ」というような、ほのぼのとした内容に出会う。カメの名前が「メカブ」なのも癒されるが、ジュゴンに抱きつかれたまま泳がれておぼれそうになった話も癒される。天文部の望遠鏡で女子校を覗いた話も癒されるし、小さい頃、母に「どう考えても、あなたはロボットだと思う」と言ったという話も癒される。そのすべてがコミュニケーションの研究につながっていくのだ。もっと言えば、ほのぼのした私の感情だって、本書が扱うテーマの1つだ。おもしろいって、なんだろう。ほのぼのするってなんだろう。
そんな4日間の講義を踏まえ、本書は4章で構成されている。第1章は「コミュニケーションとは何か」という内容だ。コミュニケーションとは送り手になんらか利益があるものだ、という定義に始まり、昆虫がコミュニケーションをとる方法、ハダカデバネズミの社会階級構成や、動物の「セクシーさ」がどのように決まるのか等、進化生物学に基づいた知識が盛り沢山だ。「セクシーさ」について最もうまく説明するのは、不要なものを抱えて平気でいる個体が優れているという「ハンディキャップ原理」だそうだ。人間の社会にもあてはまるだろうか。
第2章は、言葉の起源についてだ。人間は、言葉があるから「時間」の概念を持つようになった。そして、言葉を話すことができるようになったのは、呼吸を制御できるようになったからだ。呼吸を制御できる動物は少ないそうで、聞いた音を真似して学習できるのは、クジラと鳥と人間だけだ。また、ジュウシマツの求愛の歌を分析すると、まわりにいるジュウシマツの歌を組み合わせて、新しい歌を作っていた。言葉は、始めは「歌」だったのだ。個人的に興味深かったのは、言葉には、現実にはありえないこと(ウソ)を表現したり、論理的におかしなことを言ったりできるという特徴があり、それが進化の過程で必要だったという事だ。これにより、過去や未来等の「超越性」を表現したり、モノに名前をつけたりすることができる。
続いて3日目、第3章は「感情の進化」についてだ。動物には感情があるのだろうか。また、人間の感情はどのように立ちあがってくるのだろうか。嫉妬するサル、媚を売るトリ、キャンセル要求を出すネズミ、脳波で演奏する人、次々におもしろい例が紹介される。また、人は言葉では嘘がつけるが、表情などにはどうしても「正直な信号」が出てしまう。これは進化の結果とも考えられるという。
そして第4章が「心の進化」についての話である。心の起源はミラーニューロンによる「他者への共感」にあり、その機能をフィードバックして自分にあてはめたものが「自分の心」だというのが先生の仮説だ。ミラーニューロンは「記憶」を刺激するのだろうか。興味深い。また、音楽に合わせて踊りを踊ることができるのは人間と鳥とゾウだけだそうで、これもミラーニューロンが関係している。最もリズム取りが上手い鳥は「キバタン」というオウムだそうだ。
[懐かしのバック・ストリート・ボーイズ]
以上、盛り沢山の内容からまだまだ一部しか紹介できていないが、本書の面白さは、身近な動物や昆虫や人間を対象にした多くの実験における自由な発想と、そこから「心」や「コミュニケーション」という身近なものについての仮説が作られていくところにある。また、その過程では、「ティンバーゲンの4つの質問」という問いを立てる手法が紹介される。そういう意味では、「発想」についての本として読むこともできるかもしれない。本書を読んで、私もちょっと進化した。それが私の今の仮説ですが、なにか。
ハダカデバネズミとカピバラは遠い親戚らしいです。だからなんだという話ですが。写真満載で、パラパラ見るだけでもかなりおもしろい一冊。
『博士が愛した数式』の小川洋子さんと岡ノ谷先生の対談本。カメが「メカブ」で、ジュウシマツは「パンダ」なのですね。。
本書でもダンゴムシの「綱引き実験」が言及されています。意外でもあり、納得でもある綱引きの結末です。