『世紀の新薬発見 その光と影の物語』は二つのまったく異なる自伝をまとめた本だ。ひとつは結核の特効薬ストレプトマイシン発見の物語。もうひとつはナチによるホロコーストの幼児生存者の物語だ。今回はその前半を取り上げてみたい。
ストレプトマイシンが発見されるまで肺結核は死の病であった。1950年までは日本においえる死亡原因の一位である。
数億人もの人類を救うことになった薬の発見である。ストレプトマイシンの単独発見者であると自称したワクスマン博士はノーベル賞を受賞している。
しかし、いまではワクスマンはペニシリンを発見したフレミングが開発した「阻止円法」とよばれる研究法を取り入れ、抗生物質研究を組織化しただけだったことがわかっている。
のちにノーベル賞委員会はストレプトマイシン発見だけでなく、方法論や技術および他の抗生物質発見を含めた授賞だと強弁しているほどだ。
じつはワクスマンのもとで博士号をとるために研究をしていたアルバート・シャッツがストレプトマイシンを発見したのだ。いっぽうワクスマンは名誉を独占しただけでなく、富も独占しようとした。
ワクスマンはシャッツにわずか1ドルで特許を大学の研究基金財団に譲渡させている。その裏で自分はこの財団から特許収入の20%を個人で受け取る契約を結んでいるのだ。
やがてシャッツはワクスマンに対して訴訟を起こす。そして、学会の実力者に歯向かった咎により学会から遠ざけられたのである。
いまでは薬剤開発は製薬会社の組織を挙げた大事業になり、不確かなものは創薬ベンチャーが引き受けて、リスクを外部化するようになった。シャッツの悲劇は起こりにくいシステムになっている。
いっぽう、いまだに多くの企業には部下の成功を横取りするような上司がいる。それが社内の実力者だったりすると最悪だ。もし、自分がそのような境遇にいる人にとって本書は慰めになるかもしれない。