本書によれば、サンタクロースが日本に最初に登場したのは明治7年。裃(かみしも)を身につけ、大小の刀を腰に差し、大森かつらを頭にかぶった「殿様風」の装いだったという。その格好で一体何をしたというのか?善意かどうかはさておき、やっていること自体は忠臣蔵とほぼ同じだ。カマドから出てきてホウ!ホウ!などと言ったら怖いではないか。子供は喜ぶのか。その頃はきっと、サンタクロースなんて大変マイナーだったに違いない。いつから恋人がサンタクロースみたいなことになったのか。年上過ぎないか。そういう話ではないとでも言うのか。
本書は、冒険家の高橋大輔さんがサンタクロースの謎を追ったノンフィクションである。高橋さんは今まで「物語を旅する」というテーマで『ロビンソンクルーソー』や『浦島太郎』などの背景を世界各地に訪ねてきた。世の中に伝説がある限り、冒険は無くならない。今回は、いつの間にか日本に定着した聖夜の人物に挑む。行き先は、まずはトルコだ!
サンタクロースの起源は、3世紀後半にトルコのミュラという場所にいた「聖ニコラウス」だと言われている。ミュラは、地中海沿岸の海が青く太陽がまぶしい所だ。聖ニコラウスは、親から受け継いだ莫大な遺産を人助けに使った。たとえば、娘が売り飛ばされそうになっている隣人の家に夜中に密かに忍び込み、窓から布に包んだ金塊を投げ込んだりした。渡すものが現ナマとは、本物はさすがである。現地の異教を収束させ、キリスト教を広めたパワフルな人物でもあったらしい。最終的にはローマ皇帝コンスタンティヌスの信頼されるようになり、地位と名誉がローマ帝国全土で高まり、各地に「聖ニコラウス教会」が出現した。「聖ニコラウス祭」は12月6日に行われており、子供にプレゼントが渡されるイベントだった。クリスマスとは別だったのだ。
その後も聖ニコラウス伝説は継承される。宗教革命の時期に禁令も出たが、なんとか乗り越えた。オランダでは、聖ニコラウスが「スペインから来る」設定に変わり、さらに仮装した吉本芸人みたいな、「ズワルト・ピート」なる人物がお付きの者となった。日本人から見たら不思議である(こちとら殿様だが)。サンタクロースがサンタさんらしくなるのは、19世紀にアメリカに渡ってからだ。
1931年からのコカ・コーラのCMに登場したのが、白いヒゲをたくわえて赤いコートを着た、今のイメージのサンタクロースだ。イラストレーターのハッドン・サンドブロムが自分の姿を参考にして描いたそうだ。おもちゃを配達する途中に、コーラで一休みするというキャラクター設定である。高橋さんはアトランタのコカコーラ資料館を訪れ、この広告にも原案となったものがあると聞く。1823年に書かれた「聖ニコラウスの訪問」という詩である。ニューヨーク在住のムーア氏が書いたものだ。この詩によって、「聖ニコラウス」はクリスマス・イブに登場する人になった。「聖ニコラウス」のオランダ的な読み方である「シンタクラース」が訛り、スペルが変わって「サンタクロース」になったのも、この頃のニューヨークだ。設定も変わり、空飛ぶ荷馬車にプレゼントを積んで来ることになった。そして荷馬車がソリに変わり、「寒い国から来るエルフ」という今のキャラクターになる。変えたい放題だ。「聖ニコラウス」は、どうして「北欧の妖精」になったのか?答えは、どうやらフィンランドにある。
行かなければ、何もわからない。
行けば、きっと何かがわかる。
訪れたのは北緯66度の「サンタクロース村」だ。サンタクロースに手紙を書くと返事が返って来るということで世界的に有名な場所である。時期が3月だったからか、高橋さんは「サンタクロース」と2時間も話すことができた。ここのサンタさんによればトナカイに「秘密のコケ」を食べさせると空を飛べるようになるらしいが、このあいだ酔っぱらったHONZの栗下直也が「あそこにコケがある!」と叫んでいたのは、これのことだったのか?見えなかったのは私の心が汚れているからなのか?しかし、高橋さんはさすがのインタビュアーである。最後に最も重要な情報を「サンタクロース」から聞き出す。
フィンランドでは、サンタはエルフじゃない。サンタはヨールプッキと呼ばれている。…サンタクロースと呼ばれるずっと前から。
ヨールプッキは、1000年も前からフィンランドにある冬至の祭りのキャラクターだ。じつは「サンタクロース村」にもひっそり人形が展示されており、高橋さんはそれをみて驚く。それは、全身が野獣の毛で覆われ、ヤギの姿をした「怪物」だった。サンタクロースが到来する以前から、冬至になると「ヤギ男」が各家庭を訪問して子供にプレゼントを渡していたのだ。追跡の旅は、思いがけない方向に転じた。高橋さんは「魔物たちの夜-聖ニコラウス祭りの習俗」という小論を参考にして、オーストリアに飛ぶ。オーストリアの聖ニコラウス祭りに「クランプス」という怪物が出てくるらしい。
そこで見たのは「クランプス」の大群が問答無用で観客を襲う阿鼻叫喚のイベント。そして、思いがけず出会う「ナマハゲ」のお面。詳細は本書に譲るが、「怪物」の物語はアジアにも広がっていく。布袋和尚(ミロク)との関係や、中国の「マンガオ」の取材。そこからわかる「冬至の祭り」の意味。サンタクロースは世界の文化に根ざしているのか。筆者は最後に「子どもを持って初めて、サンタクロースが自分の生活と切っても切れない存在になった」と述べる。それは、本書が結論づけるサンタクロースという存在の意味だとも言えるだろう。日本の不思議なサンタクロース、けっこう、「あり」かもしれない。
8歳の少女の質問に答える形で出された、ニューヨーク・サン誌の1987年の社説を本にしたベストセラー。 社説は別訳でクリエイティブ・コモンズとして公開もされています。
今はむしろハロウィンの時期。異界から来ると言う意味では根は一緒という考えもあるみたいです。