2008年10月、北大西洋の孤島国家、アイスランドは事実上国家破綻した。2003年から金融バブルが発生し、国民は4年間ほどのパラダイスを楽しんだあと、リーマンショックの余波を受けて国ごと破綻した。一夜にして国民一人あたり33万ドルもの負債を抱えることになったのだ。
このとき、アイスランドという国そのものがヘッジファンドであり、じつは漁師がファンドマネージャーをやっているというジョークがあった。たしかに総人口は30万人程度であり、9つしか姓がない閉鎖的な漁業国だから、うってつけのジョークだと思っていた。しかし、本書を読んでみてそれが冗談ではなく、事実だったことを知り驚愕した。
バブルが始まる2003年、アイスランドの3大銀行が所有する資産は対GDP比で100パーセントにあたる数10億ドル程度だった。それから3年半でなんと1400億ドルまで膨らんだのだ。まさに国を挙げて狂気じみた投資にまい進したのだ。著者はその破綻したアイスランドの銀行で2年間投機売買に関わっていた男にインタビューをこころみている。なんとこの男、銀行に勤める直前まで、中学を卒業して以来漁師一筋だった答えたのだ。北極にほど近い海で、日夜命がけで操業するアイスランドの漁師からみると、金融リスクなどなきに等しいものだったのかもしれない。
著者は現在進行中のギリシャ危機も取材している。野放図な公務員優遇制度で破綻しつつあると報道されているギリシャ。同じく公務員天国である日本人にとって、他山の石とするべき国という程度にしか見ていなかった。しかし、事実はそんなに甘いものではなかった。
たとえば、国有鉄道の歳入が1億ユーロなのに、職員の年俸総額は4億ユーロ。公立学校の生徒の学力はヨーロッパ最下層なのに、生徒一人当たりの教員数は学力最上位のフィンランドの4倍。美容師やウェイターなども含まれる「重責労務職」は男性55歳、女性50歳で年金支給開始。所得税の対象となる経済行為の30-40%は申告されない。国民はこうして得た不正な資金で不動産を買うのだが、そもそも不動産登記の制度がないので脱税も不正蓄財も発覚はしないという。
なにからなにまで規格外である。あるIMF幹部は「(ギリシャは)新興国の域にも達していない開発途上国」だと言い切る。丹念な取材を終えて著者は「この国はばらばらな粒子の集合体であり、共有財産を食いつぶしてでも私利を追及することに慣れきってしまっている」とし、ギリシャとギリシャ人の国民性の再建可能性に懐疑的だ。ドイツ人もフランス人もこんな国の尻拭いをさせられるのはたまったものではない。日本もけっして他人ごとではない。結果的にユーロが売られ、円高傾向が定着し、製造業の空洞化と株安という連鎖がもたらされているのだ。
本書のタイトルであるブーメランを虚空に向けて投げたのはアメリカである。著者は「サブプライム・モーゲージ危機とは、原因ではなく兆候である」という。危機のもとになった、もっと根深い社会的・経済的な問題はまだ解決されていないからだ。そして、これから注意を要するいくつかの事例としてギリシャ、アイルランド、日本を挙げる。
ギリシャとアイルランドについてはすでに本書で取り上げられているが、日本については本書の続編として、ギリシャのように進行中の危機として描かれるのであろうか、それともアイスランドのようにすでに破綻した国として扱われるのであろうか。
いずれにせよヨーロッパを直撃したブーメランが日本をかすめることなく、素直にアメリカに戻るということはないだろう。巨大津波を経験した日本人は危機の根本的な原因を取り去ることよりも、危機が起こったときの備えをしっかりしておくことの重要性を学んだはずだ。本書はその備えをするための最悪事例集として読むことができる快著である。
(週刊朝日3月16日号掲載)