「デザイン」と聞くと、IDEOやフロッグデザインを思い出す。いつからだろう?「ビジネスではデザインが重要」という話を聞くようになったのは。「デザイン」と聞くと以前は服や文房具やコカコーラのビンをイメージしたが、「ビジネスにおいてデザイン思考が重要です」と言う時の「デザイン」は、ちょっと違う印象になる。本書が扱う「デザイン」も広い意味をもっていそうだ。本書は、ニューヨークにあるクーパーヒューイット国立博物館が開催した『なぜ今デザインなのか?(Why Design Now?)』展についての本だが、そこで紹介されているプロジェクトは、アブダビのスマートシティ「マスダールシティ開発」だったり、貧困地域向けに開発された「自動車の修理部品を組み合わせて作る保育器」”ネオナーチャー”だったりする。力を合わせて大きな街を作ることや、既成品を組み合わせて全く新しいものを作ったりすることは、デザインの問題として扱われている。
なぜ、今、デザインが重要になっているのだろうか?これは本書の題名になっている問いだが、答えは(私が見た限りは)本書には書かれていない。むしろ、いろいろなケースを紹介するので自分で感じとってください、といった風情だ。私は、デザインが重要になるのは「選択肢が多い場合」かもしれないと思う。選択肢が沢山あって正解がわからない場合、良い組み合わせをデザインができる人が必要になるからだ。なので、今デザインが重要になっているのは、今、考えられる選択肢が多くなったからだ。
では、なぜ、今、選択肢が多いのだろうか?私が勝手に想像するに、ITを使うことなどで、知らない人同士が連携するのが容易になってきた。さらに、複数の用途に使用できる汎用的なツールが増えてきている。結果として、何らかのプロジェクトを進める上で可能な選択肢が増えており、その結果、「そんな方法があったのか!」と驚くような新しい選択肢すら生み出す。このような世界で、個別の組織や個別のツールを編集し、全体として「新しい回路」を設計するような作業がデザインだ。つまり、個別最適ではなく、メタレベルでの全体最適を目指す作業である。なので、ビジネスにとっても、世界の問題を解決するためにも重要な観点になる。スポーツ選手になるより新しいスポーツをつくり出す、というような話かもしれない。
本書には、2010年に開催された展覧会の展示コンテンツが掲載されている。ということで2007年から2009年くらいのプロジェクトが多いが、MITの折りたたみ電気自動車(Hiriko Citycar)等、最近話題になっていたものが既に登場しているのがおもしろい。
掲載されるプロジェクトは、クーパーヒューイット博物館の4名のキュレーターによって選ばれた。テーマ(章だて)は下記のように分類されている。
・エネルギー
・移動性(モビリティ)
・コミュニティ
・素材
・豊かさ
・健康
・コミュニケーション
・シンプリシティ
芸術らしからぬテーマだが、これがクーパーヒューイットの「デザインキュレーター」が興味をもっている内容だ。このように横断的に紹介してもらえるニューヨークの人がうらやましい。これらのテーマについて、デザインで解決できる問題はないか、という観点から個別のプロジェクトが紹介されている。それは、会社の商品だったり、大学のプロジェクトだったりする。
例えば、エネルギーに関するプロジェクトとして、バイオパワーシステム社の「海洋波力エネルギーシステム」や、マカニ・パワー社の「カイトを飛ばして発電する」M10カイトパワー・システムが取り上げられている。高度が高い場所にカイトを飛ばせば、安定的に風を得られるらしい。
素材の章では、巨大なプリンタの如き装置でコンクリを射出して建設作業を行うコントゥア・クラフティングが「まさか」の発想でおもしろい。落ち葉を食器にしたヴェルテラ・テーブルウェアのお盆は、見た目がかっこいい。南米の自然の色合いを現地で「カラーハンティング」して糸に取り込む「イッセイ・ミヤケ カラーハンティング・コレクション」という日本のプロジェクトも紹介されている。ハードウェアだけではない。手作り商品のオンライン市場Etsy、世界各地のイノベーション力を比較するグローバル・イノベーション・ヒートマップ等が取り上げられる。
デザインの本だけあって、さすが、きれいで非常に見易い。「トイレにおいておきたい一冊」としてもおすすめだ。