今年の箱根駅伝を少しでも観戦した人にはぜひ読んでもらいたい本だ(大会前に紹介しなくてごめんなさい)。
今年も箱根駅伝は大いに盛り上がった。早稲田大学 大迫傑の快走、出岐雄大による青山学院大学 史上初の区間賞、「山の神」東洋大学 柏原竜二と設楽悠太による区間新記録樹立、東京農業大学 津野浩大の腹痛を堪えながらの完走、駒澤大学の復路追い上げ、倒れながらも襷を渡す神奈川大学の鈴木駿、そして東洋大学の往路・復路完全優勝と新記録樹立。今年も、手に汗握りながらそして時々涙を拭いながら観戦した箱根駅伝ファンは多いだろう。
そんな僕も数年前から箱根駅伝ファンの一人。ただ自分の場合、(本物の箱根駅伝ファンに怒られるかもしれないが)面倒くさがり屋なのでTV中継はほとんど観ない。今年も柏原竜二が走った5区だけ遅めの昼食を食べながら観戦したくらいである。選手が走るのを観るよりも専ら楽しみにしているのは、各大学の選手層と選手の区間配置だ。登録選手とその区間配置から「なるほど、明治大学はここ数年リクルーティング・人材育成に成功しているんだな」とか「ふむふむ、駒澤大学は今年も復路追い上げ型で優勝を狙うのか」等と分析して楽しんでいる。
各大学がどのような戦略で選手の区間配置を決めているか理解すると、より一層箱根駅伝を楽しめる。本書は過去の箱根駅伝の歴史を振り返ったり、近年の注目選手を取り上げたりするのではなく、レースの背後にある監督の戦略を探る稀な本に仕上がっており、戦略好きにはたまらないだろう。今まで専門雑誌の特集はあったものの、書籍としてはありそうでなかったタイプの本である。本書を読んだ後、専門雑誌かネットで各大学の登録選手の持ちタイムと走る区間を確認すれば監督の発想が大体分かるようになり、自分ならどういう区間配置にするか考えられるようになる。
例えば本書によると区間配置の分類には、往路に主力級を並べる「先行投資型」、主力を復路に並べて追い上げを狙う「後半投資型」、レース直前になってケガ人・病人が出た際に苦肉の策として主力を往路・復路に分散させる「リスク分散型投資」、安定感ある上級生を並べる「経験重視型」など様々あり、各大学のカラーや監督によって考え方が違う。この分類法を用いて、自分が早稲田大学の監督なら東洋大学の柏原竜二対策にどうするかや、シード権争いをする國學院大學の監督ならどこに主力選手を起用するか等、考え出すと止まらない。
又、選手の性格によっても走る区間が変わってくる。國學院大学の前田康弘監督によると、選手には「往路キャラ」と「復路キャラ」があるそうだ。性格的に攻撃的で社交的な選手は「往路キャラ」。集団の中で競る事が多く、注目されやすいからだ。これに対して復路の場合は単独走になることが多く、自分でペースを作れないと大きくタイムを落としてしまうから「復路キャラ」は性格的に落ち着いていることが重要になる。まあ、選手の顔写真を見れば何となく「こいつは往路キャラだな」というのが分かる。
もちろん監督の仕事は采配だけでない。リクルーティング、人材育成、予算管理、他校分析、大学やOBとの交渉など様々だ。仕事内容はまるで経営者のようである。下手なビジネス本を年に数冊読むより、本書を読んで毎年正月に箱根駅伝を分析する方がよっぽどためになりそうだ。
ちなみに本書によると、東北出身者の占める割合が、他の競技に比べて高いそうだ。特に福島県がずば抜けている。そう言われてみれば、これまで箱根駅伝を沸かせてきて元駒大の藤田敦史、元早大の佐藤敦之、元順天堂大の今井正人、そして東洋大の柏原竜二はみな福島県出身だ。日本を代表するランナーは福島県出身がなぜ多いか本書が解説してくれているのでぜひ手にとって読んで欲しい。
筆者が指摘する通り、2011年の地震・津波・原発は、箱根へのスターの供給源に大きなダメージを与えた可能性がある。しばらくは福島陸上界は苦しい状況が続くのは致し方ないが、今後も皆をあっと言わせる福島生まれのスターが誕生することを祈ってやまない。
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「箱根」を連呼されるとこれをむしょーに買いたくなる。温泉気分が味わえる薬用入浴剤。
読んでないが、HONZの村上浩が大絶賛しているから面白いこと間違いなし。
『マネー・ボール』
ビジネス書よりもスポーツや歴史からの方が戦略論を学べる。