アイ・ウェイウェイの名前はそこまで日本では浸透していないだろう。艾未未、日本語読み(がい びび)中国読みで(アイ・ウェイウェイ)という彼は現代美術家・キュレーター・建築家・詩人・都市計画家であり、父であるアイ・チンは1930年代のパリでアートを学んだ詩人である。父アイ・チンはランボーやボードレールといった詩人の影響を受け、中国に帰国した後は最高の現代詩人と称されるようになったが、モダニストとして共産党からの矛先が向くことになる。文化大革命の時代、アイ・チンは反革命主義、反人民の烙印を押され、人口200人の僻地に送られ公衆便所の掃除夫となる。
中国のインターネットは今でも巨大なファイアウォールが存在しており、外からも中からも日本のような普通のアクセスができない。ウェブ上にも万里の長城(グレートウォール)が存在し、それが国土を定義しているように、ネット上でも他の国から中国を防衛している。ファイアウォールを巡る攻防は、政府側と人民側の双方の強い関心ネタとなっている。
そういった政治的背景の中、本書ではアイ・ウェイウェイがどう表現者として活動してきたのかをインタビュアーであるハンス・ウルリッヒが引き出している。ハンスの展開も見事だが、翻訳も秀逸だ。通常、伝わりづらい芸術的感性・感覚を、わかり易くセンスある日本語に変換している。
本書にはアイ・ウェイウェイの興味深い発言が多数記載されているが、次の言葉には驚く。「1970年代の終わりは美術について本がほとんどなかった。国全体が一冊の本も持たないように定められていたからだ。なにか本があれば北京の極小芸術家サークルで、みんなで回し読みした」。あらゆる本が規制されるなんて、人類にとって一大事である。こうした現状から、現代美術面で活躍したマルセル・デュシャンはもちろん、バーネット・ニューマンなどの情報も中国には伝わっていなかった。ジャスパー・ジョーンズにいたっては、当時アメリカの国旗が禁止されていたので、意味を理解できず捨てられたそうだ。「知識はキュビズムで止まっていた。現代美術でいえば、ピカソやマチスが最後のヒーローだった」と、アイ・ウェイウェイは語っている。
しかしその情報もない状態から、彼は1970年〜80年代にかけ中国にダイナミックなアヴァンギャルドをもたらした。キュレーターでもある彼の手腕により、抑圧と困難の哲学/芸術/思想運動の中から信じられない世代が形成される事となる。それは1960年代、アンディ・ウォーホルやヨーゼフ・ボイスなどが欧米で生まれたムーブメントと同じである。
アイ・ウェイウェイはブログにて「われわれが暮らしているこの中国社会は、自己表現は奨励されないばかりか、周りにダメージを与えかねない。新聞に使われ掲載される言葉は、犯罪の証拠に使われかねないのだよ。中国の知識人たちが慎重になっている理由がこれだ」と発言した。ブログの内容はインタビューや文章、アートや文化や政治についての時評などだが、これらは中国全土の表現者達にとって、最も興味をそそる記事となった。現在ブログは停止させられ、記事は読めなくなっている。ちなみにアイ・ウェイウェイのTwitterフォロアー数は10万オーバーだ。
ハンスのインタビュアーとしての手腕が良いのか、読み進める上で何度も至極の言葉が登場する。気になる所に付箋を付けていたら、すごい数になってしまい、本が付箋でフサフサして恥ずかしいので減らしたほどである。
印象に残るのは次の言葉だ。「とてつもない努力や芸術や職人技を、役にたたないというか名前もないものに注ぎこむというのを、わたしはじつに面白いと思っている。それを名付ける事はできないし、それらは存在しない」肝心な作品は本書で紹介されているが、他の資料でも調べてみる事を勧める。建築だけ見ても、彼は建築家が生涯をかけて作る数よりも多くを9年で制作している。さらにアイ・ウェイウェイは建築について学んだ事がないそうだ。
アイ・ウェイウェイは見事、自由な思想でファイアウォールを超えた。思想の改革は親子2世代にわたる作家運動としてのもので、この心がまえに感心する。そういえば、表紙のアイ・ウェイウェイの面構えもどっしりしており闘う気迫充分だ。ふと頭によぎったのだが、困難とは本来、その人が乗り越えられるレベルがくるのかもしれない。本書はかなり気にいったので、これから何度も読み直し、その困難な状況を超えるヒントを得ていこうと思う。
ーーーーー その他オススメ ーーーー
「語る」シリーズでは本書を全面的にプッシュしたい、(残念なことに書影なし)本当に渋い本。「ダンディズム」はゲンスブールから教わった。タバコ/酒/セックス。孤独感と甘い囁き。
アイ・ウェイウェイも影響を受けたウィトゲンシュタインは自分の姉のために家を建てた。彼の論理的な思想は、大きなコンセプトから細部にいたるまで反映されており、何から何までデザインされている。ドアノブや暖房設備まで建築物全体を明快にコントロールしていたのである。
2011年の夏まで森美術館主催のフランス現代美術の展示会「フレンチ・ウィンドウ」の公式本。マルセル・デュシャン賞で集まったアーティスト達の作品と思想が解説されており、実際の作品達も面白かったが、実はこっちの本のほうが詳しくコンテクストがわかるのでオススメ。はっ!作品を超えちゃいかん。