「幸せなら手をたたこう」という歌があった。故坂本九が偶然耳にし、1964年にレコード化したものだ。2011年現在、なかなか自信を持って、手をたたきにくい時代になった。その反動なのか、「幸せ」や「幸福」が頻繁にニュースの話題に取り上げられている。金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考えから生まれたGNH(国民総幸福量)と旅行のしにくさで有名なアジアの小国ブータン。国賓として来日し、某プロレスラー似で話題になったブータンのワンチュク国王とジェツン・ペマ王妃の来日に大騒ぎ。そのコンセプトを区政に取り入れている東京都荒川区のGAH(Gross Arakawa Hapiness)、今月には『日本でいちばん大切にしたい会社』の著者法政大学坂本教授とその研究生が日本の各都道府県の幸福度ランキングを発表した。(北陸3県がトップ3を占めている)
ここまで積み重なると「そもそも幸せとは何だろうか?」という消化しきれない問いを改めて考えざるを得なくなってしまう。しかし、そういった深堀は時代を超越して残存している哲学書と近年話題の幸福研究に任せておくのが適当だろう。探求の試みを広くスタートするには、これからの社会のありようを骨太にアツく探求している本書を読むのはいかがだろうか。この手の本は嫌というほど存在するが、ここまで広く、そして深く論じている本は滅多にない。だからこそ、自分の頭で考えるきっかけを得ることができる。
本書では”限りない経済成長”の追求という時代の後に実現されるべき社会のコンセプトとして創造的福祉社会、創造的定常経済システムが構想されている。一見対立するような創造的という概念と福祉社会が相互に補強する関係に立つような社会ないし時代を、さらに言えば、創造性が真に開花する社会が可能になるためには、定常経済システムという社会モデルの実現が不可欠だと問題提起している。本書は支離滅裂にも感じる全く異質な次元の議論が、とんでもないスピードで語られ、しかも紀元前から現在、未来まで永遠にも感じる時間軸を一気に走りきるダイナミックさを持つ。しかも後書きで著者は「ある種の有機的なまとまりが自然にできて本になった」と語っている。読者がそう感じるには、かなりの時間を要しそうだ。しかし、政治・経済の分野でジェットコースターのようにドキドキした本は初めてだ。先日、偶然にも成毛眞と久保洋介のクロスレビューとなった『大停滞』との関係性も深い。(と思っている。※読んでいないため)
特に興味深いのは「第三章 進化と福祉社会」。創造的福祉社会を考えるにあたって、より原理的な次元に目を向けて、「人間についての探求」と「社会に関する構想」をつなぐという大仕事を成し遂げている。そこには3つの主題があり、特に気になる以下を紹介していく。
「人間の歴史を大きく展望した時、物質的な生産の拡大・成長という方向が成熟・飽和し、あるいは何らかの限界に達した「後」の時代において、むしろ豊穣な内的あるいは文化的な発展が展開する」
狩猟採集社会の後半、5万年前に起こった心のビッグバン。過去の遺跡発掘調査によれば、約5万年前の時期以降に多くの装飾品、絵画や彫刻といった芸術作品が集中している。心のビッグバン自体には疑義や異論はある。それはともかく「なぜ心のビッグバンは起こったのか?」を著者は狩猟採集社会という技術ー生産のパラダイムに限界が生じ、「物質的生産の量的拡大」が飽和し、「内的な(非物質的な)進化・発展へとベクトルの方向性が変わったからではないかと仮説立てている。
同様に、今から約2,500年前前後の「枢軸時代/精神革命」と呼ばれた時代。中国で孔子と老子が生まれ、インドでは仏陀が生まれ、イランではゾロアスターが、ギリシアでは、ホメロス、哲学者ではヘラクレイトスやプラトンが現れ、世界中で相互に知り合うことなく、同時多発的に思想が生成された。この時代は農耕文明の「量的・外的な拡大」という展開の方向において、限界あるいは飽和点に達する最初の兆しを迎えていたのではないかというのが著者の視点であり、上記で紹介した心のビッグバンと似た構造を持っているのではないかという仮説である。
そして、人類史的観点から現在は上記2つの時代に匹敵するような分岐点を迎えているとしている。この2つの成長社会から定常型社会への移行期と「第三の定常化」の時代を迎える現在を展望し、共通点と相違点を検討することで、これからの時代における価値のあり方を論じている。そこで必要とされている創造性のあり方。続きはぜひ本書を購入して読んでほしい。
本書を読むと、知識欲と好奇心が奥底から湧いてくる。それは地球と人間の関係を原理的に根強く探求することを基盤に、今の社会や未来の社会がどうあるべきか?を深く広く考えていく著者の真摯な姿勢に影響を受けるからだ。大学時代に科学史を専攻していたという経歴にもそそられてしまう。著者の今後の作品が本当に楽しみだ。もちろん、これまでの本も読み返してみようと思う次第である。
——-その他おすすめ本——-
本書はアメリカ人の幸福を研究した本。日本とは違うなと印象をうける。幸せを本格的に政策に取り込むために行われている最新の研究から、それを政策に活かすにはどのような方法がありうるか?を宗教色が強い訳でも、啓蒙本ではなく、科学的に分析している。幸福研究の最新情報が数多く掲載されている本書を読めば、幸福のパラダイムシフトが起こるかもしれない。
インドの北部地方ラダック。幸せの国ブータンと地理的状況が類似している。ほとんどすべてを自給自足で生活し、ゆっくりと成長する定常化社会だったラダックが近代化と開発に巻き込まれるお話。グローバリゼーションがラダックもたらした変化を詳細に描いた一冊。長らく絶版でamazonでプレミアがついて困っていたが、待望の改訂版が今年発売された。かなりおすすめの一冊。
DIY情報が多数掲載されている雑誌『Make:』編集長のDIY生活体験記。帯には「DIYの目的は、自分の人生を取り戻すこと」と。しかし、この本よりもHONZ編集長の土屋敦の人生話を聞いている方が面白いと個人的には思っている。