昨年の夏は猛暑だったが、実は2023年は世界的にも気象観測史上で最も暑かったことがデータから裏付けられている。こうした現象を研究する学問は「気象学」と呼ばれており地球科学の一分野である。その対象は風や雲、雨や雪、台風や寒波など「大気の大循環」と呼ばれる地球規模の巨大な循環システムが司っている。
本書はその仕組みを高校生にもわかるように解説した啓発書で、著者は読売新聞の科学記者を経て東京大学で研究を続ける地球物理学の第一人者だ。気象や天気に興味がある人なら是非とも理解しておきたい物理の法則から説き明かし、気象予報士取得の勉強にも役に立つ。
サブタイトルにある「大気の大循環」とは、太陽から地球へもたらされるエネルギーが対流や波動という物理現象によって赤道付近から高緯度へ供給されるシステムを指す。
46億年前に地球が誕生し大気が取り巻くようになって以来、現在まで営々と続く地球規模の現象なのだ。これによって地球上では様々な気象が生じ、地域ごとに異なる気候が形成される。砂漠や森林、ステップやサバンナなどの地表を彩る多様性は、こうした大循環によって生み出されてきたのである。
本書は前半で気象学の基礎を解説し、後半では気象災害の原因について明快な回答を与える。もともと気象学は物理学・数学・化学を縦横無尽に活用して「再現性のある」現象を解明してきたが、地球上の現象には「複雑系」の要素が含まれており、理論と計算を駆使しても最終的な予測が正確にできない。
私が専門とする火山や地震現象がそうで、噴火予知や地震予知は残念ながら外れることが多い(鎌田浩毅著『知っておきたい地球科学』岩波新書)。同様に集中豪雨や寒波もそうで、気象にはもともと予測を拒む性質が備わっているのだ。
こうした状況は「初期値依存性」に由来する。ブラジルでチョウが羽ばたくとテキサスでトルネードが発生する、という「バタフライ効果」である。最初のちょっとした違いが最終的に大きな変化をもたらすからだ。「気象が持つ本来の性質としてこの初期値依存性があるため、現実にはほんの少し先の将来しか予測できない」(本書240ページ)。
これは「カオス」とも呼ばれる状況だが、現代気象学はそれを逆手に取って長期にわたる気候の予測へ向けて果敢に挑戦する。たとえば、「アンサンブル(集団)予報」という手法では、初期値がわずかに異なる複数の計算を大量に行うことで、一週間先の天気予報や長期の天候予測ができるようになった。
さらに近年の猛暑と地球温暖化の関係について、驚くべきことがわかってきた。温暖化した現在の条件で100個の地球を集めて温暖化がない場合と比べてみると、2018年の猛暑は現在の気候では20%の確率で出現するという結果が出た。すなわち、温暖化が観測される地球では猛暑が生じやすいのだ。
著者はこう述べる。「地球が温暖化したぶん気温が上がったというストレートな関係ではないが、地球温暖化は、確かに猛暑の発生確率を高めていた」(本書244ページ)。
地球科学の分野には気象学のほかに火山学がある。本書には取り上げられていないが、地球の平均気温を大きく左右するものとして火山の大噴火がある。過去には大規模な火山活動によって、地球の平均気温が数度下がる現象が何回も観測された(鎌田浩毅著『マグマの地球科学』中公新書)。
実は十九世紀以前にはかなり頻繁に起きていたが、20世紀後半からは理由は不明なのだが異常に少ない。たとえば、1783年にアイスランドの活火山ラカギガル火山が噴火し大量の火山灰と火山ガスが噴出した。
その結果、太陽放射エネルギーが十分届かず気温の低下により飼料の牧草が生育しなかったため、アイスランド全土の4分の3の家畜が死んだ。噴火後3年の間に人口の4〜5分の1にあたる1万人が餓死したとされる。
「火山の冬」と呼ばれる現象だが、噴火から10年間のヨーロッパの冬の気温は平年を1度も下まわり異常気象は全世界に凶作をもたらした。
もちろん地球温暖化がこのまま急激に進行すれば、国際決済銀行が警告するような早急の対策が必要である。一方、地球の歴史を長期的に見ると、自然界にはさまざまな周期の変動があり、温暖化の予測が外れることも考慮しなければならない。
この100年間に地球科学は驚くほど進歩したが、我々が知りえた自然界の仕組みはごく僅かに過ぎず、自然災害では「想定外」が常に起きる(鎌田浩毅著『首都直下 南海トラフ地震に備えよ』SB新書)。このような不確実の時代を生きのびるためにも、ぜひ本書の知識を活用していただきたい。