「私のもの!」という感情が私たちの生活にどのような影響を及ぼすのか。本書を読むと、何気なく過ごしていた日常が全く異なって見える。「座席のリクライニングはどこまで自由に倒せるのか?」「ディズニーランドでお金を支払って最前列でショーを観れるのは、平等なのか?」意識せずにはいられなくなる。
「所有を設計する」とは耳慣れない言葉であるが、社会には「所有」を生かした工夫が数多く存在する。(ここでの「所有」は、モノではなく、かたちのない権利やコト、広い対象に使用している。)私たちは無意識にそれらの工夫に助けられ、時には踊らされているわけだが、本書では社会ではどのように所有が設計されているかを、豊富な事例をもとに解き明かし、私たちの日常を改めて再構築するという知的な体験を得ることができる。
どれだけ事例が豊富なのか、ざっと挙げてみよう。
飛行機のリクライニングシート、Web上のクリック履歴、配信サービスのパスワード共有、ファション業界のデザインコピー、ドローン敷地侵入、臓器や精子・卵子の売買、Kindle本、バイオパイラシー(生物資源の海賊行為)、エネルギー資源の枯渇を回避するための石油・ガス採掘のユニタイゼーション(権利者がその権益の全部又は一部を持ち寄り、一つの創業単位として共通の計画のもとに開発・生産を行う方式)、カーボンオフセット……。それぞれ事例には、所有に関する概念とそれを応用した具体的な仕組みや構造が背景にあり、かなり”厚み”を実感することができる。
これほどの事例を体系的に組み立てるポイントは、著者が提案する6種類の「所有権ツールキット」にある。「早い者勝ち」「占有」「労働の報い」「付属」「自分の身体」「家族」。
ディズニーでの長時間の行列は、夢の国の現実である。2021年には「ファストパス」に代わり、優先搭乗サービスが導入され、ゲストもディズニーも双方が嬉しい結果をもたらした。狙い通り、ゲストの行列の苦痛を和らげ、行列待ちの時間を園内で買い物や飲食に充てるように促している。さらに、優先チケットはディズニーの新たな収入源になる。所有のツールキットで説明すると、ディズニーは「早い者勝ち」というルールから、遅い者でもお金を出せば楽しむことができるという新たなルールをゲストたちに慣れさせることに成功した。
著作権や特許は、創造の労働した者に対して正当な対価を支払うためにはかかせないルールだ。「労働の報い」とは、「私ががんばって働いたのだから私のものだ」という出張を正当化する。だが、著作権や特許が社会を正しい方向へ導く最適解なのか。新薬開発の世界では、1980年までは、科学者は研究成果をおおむね自由に発表し、その労働に対しては学会からの評価等で報われていた。しかし、1980年、大手製薬会社は、科学者の意欲を高めるためには知的労働を所有権で報いるべきと議会を説得し、特許法は改正された。その結果科学者は、名誉や地位ではなく、特許を目指して開発を行うようになった。新薬開発にば莫大な資金と時間が必要になってしまった。「労働の報い」に代わるルールが現れ、新薬開発の敷居が低くなる世界を早く見てみたい。
著者のお二人は、それぞれコロンビア大学とカリフォルニア大学のロースクールの教授である。法に馴染みのない読者も理解しやすいように、簡潔で読みやすい文章で仕上げている。それでいて、事例や判例から社会を読み解く法学の思考方法が分かりやすくて腑に落ちる。
無意識に頭の中に持っていた「所有権ツールキット」は今後どんどん崩されていくだろう。社会が再設計されるとき、ワクワクするポイントには、所有権を新たな枠組みで捉えたポイントが見えるはずだ。ぜひ、そのプレイヤーとなるためにも、一読をおすすめしたい。