2024年3月5日、京都地裁はALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性患者に関する嘱託殺人及び別の殺人罪に問われた医師、大久保愉一被告に懲役18年(求刑懲役23年)を言い渡した。「生命軽視の姿勢は顕著であり、強い非難に値する」としながらも、現代の医学では治療不可能で身体的自由がきかない患者に対する嘱託による死の定義を示した。
それは、治療や検査を尽くし、他の医師の意見も聞いて慎重に判断したうえ、患者に可能な限り説明し、家族の意見を聞いた上で患者の意志を確認し、苦痛の少ない方法で、事後に検証できるように記録を取ること、としている。
この事件ではその条件を満たしていないと裁判官は判断し嘱託殺人罪が成立するとしている。
だが現代の医学では治療不可能で、死の淵で苦しむ患者を医師はどうするか、家族はどうするべきか。 安楽死の是非は長く問われている問題である。
「殺人か、尊厳死か」を最高裁まで争い、2009年に「殺人」として判決を下された女性医師、須田セツ子は未だにこう問うている。
『私がしたことは殺人ですか?』
巷間「川崎協同病院事件」と知られるこの事件の発端は1998年11月に、当時、呼吸器内科部長として須田医師が勤める川崎協同病院にぜんそくの重い発作で心肺停止となったAさんが運ばれてきたことからはじまる。
須田医師は14年来、Aさんの主治医であった。
いったん危機を脱し自発呼吸が見られたので人工呼吸器を外して鼻から通した気管内チューブだけが残されたが意識は戻らなかった。ほぼ植物状態になり合併症もでたため、延命治療を止めるという家族の意志でチューブを抜き全員で最期を見守ることになった。だが抜管後、思いがけず苦しみだしたAさんに、須田医師は鎮静剤と筋弛緩剤を投与した後に臨終を迎えた。
それから3年後。突如この件が事件化する。
病院内の勢力争いに巻き込まれた形で須田医師は辞職。あらたに診療所を開業することになる。
そこに元の病院関係者が現れ、3年前のAさんの処置が安楽死事件として立件される可能性があると告げた。直後に、何者かによって新聞社にリークされ、顕在化した。当然ながら須田医師には罪の意識は全くないまま刑事事件として立件され、有罪判決を受ける。
その一連の詳細は本書に詳しいが、抜管を了承した家族の告発や弁護士の怠慢、病院側の隠蔽など、冤罪としか考えられない事実が次々と明らかにされていく。
須田医師は最高裁まで争ったが殺人罪の判決を受け、懲役1年6か月、執行猶予3年となった。その後、医業停止期間2年を終えた2013年から、開業した診療所の所長に復帰し現在に至っている。
本書は2010年に上梓した本の新装増補版として新たに出版された。高齢化が進みコロナ禍によって医療体制が大きく変わった今、終末医療の意味を問うている。あなたは人生の最期をどのように迎えたいですか。(ミステリマガジン5月号)
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