万葉集が編まれた頃、富士山の頂上から噴気がなびいていた。つまり、当時の人々は富士山が「生きている」ことを知っていたのである。その後は何回も噴火を繰り返したが、最近の富士山はいたって静かである。
そして前回の噴火は江戸時代中期の1707年だから、日本人は300年ほど富士山の活動を目撃していない(小山真人著『富士山』岩波新書)。
日本最大の活火山である富士山は、現在「噴火スタンバイ状態」にある。もし近い将来に大噴火すれば、首都圏を含む関東一円に大きな被害を及ぼす恐れがある。実際、富士山は災害規模でも日本一なのだ。
本書は岩波書店の月刊誌「科学」に書かれた富士山の記事を編集したもので、火山学の最新知見とともにハザードマップの見直しや防災の課題などを一般読者向けに分かりやすく解説する。
第1部「富士山噴火に備える」、第2部「大噴火・巨大噴火を知る」の構成で、後半では激甚災害を引き起こす巨大な「カルデラ噴火」も扱う。
そもそも噴火現象は我々の日常生活に身近ではないため、現象の理解が難しい。そこで本書では、「噴火のデパート」 と言われる富士山の多様な火山災害から容易にイメージできる例を多数取り上げる。
もし大都市に大量の火山灰が降り積もったら、「停電のまま、あらゆる物流が2週間以上滞る可能性がある。(中略)長期間、支援が受けられないことを想定した水や食料の備蓄も必須である」(本書68ページ)。
また、火山灰で厚く覆われた道路を車が突っ走る走行実験が紹介される。「火山灰の堆積厚が約12cmを超えるとスタックする確率が非常に高くなる。また層厚が増えるほど堆積した火山灰にハンドルを取られやすく」(70ページ)なると述べる。
実は富士山は、2030年代に発生が予測される「南海トラフ巨大地震」に誘発されて噴火すると考えられている。すなわち、前回1707年に起きた宝永噴火と同様に、巨大地震がマグマだまりを激しく揺らすことで300年も溜めたマグマを噴出する可能性が高い(鎌田浩毅著『富士山噴火と南海トラフ』ブルーバックス)。
よって、今から10年ほど後、南海トラフ巨大地震の発生後に富士山噴火が追い打ちをかけた場合、日本が危機的な状況になるのは必至だ。少し詳しく説明してみよう。
「噴火スタンバイ状態」となった一因は、12年前に起きた東日本大震災(2011年)にある。マグニチュード9.0の巨大な揺れが、富士山の地下約20キロメートルにあるマグマだまりを揺らし不安定になったのだ。
これまで日本列島では活火山が111個認定されているが、東日本大震災の直後から20個の火山直下で地震が発生している。このうち箱根山や草津白根火山などは噴火したが、幸い富士山は噴火していない。
加えて、東日本大震災が発生した2011年3月11日の4日後の3月15日、富士山の地下14キロメートル付近で高周波地震が起きた。その結果、マグマだまり上部の岩石が割れてマグマだまりの圧力が抜けやすくなった可能性がある。
一般にマグマには5%程度の水が含まれているが、減圧によって水蒸気に変化すると体積が約1000倍に増え、マグマが地上まで上昇して噴火に至る。
もう一つ重要なポイントは、南海トラフ巨大地震によって富士山噴火が誘発される現象である。次回の南海トラフ巨大地震が発生する際には、東海地震が確実に連動する(鎌田浩毅著『地震はなぜ起きる?』岩波ジュニアスタートブックス)。つまり、東海地震・東南海地震・南海地震の三連動となるのである。
具体的に見ておこう。前回の南海トラフ地震は昭和東南海地震(1944年)と昭和南海地震(1946年)の2つが起きたが、東海地震の震源域だけが動かず、その分のエネルギーが現在でも地下に溜まっている。
そして東海地震が起きると首都圏にも大きな被害が出るだけでなく、富士山のマグマだまりを刺激する。実際、南海トラフの東端にある駿河トラフは、その北方で陸上の活断層である「富士川河口断層帯」に繋がっている。
すなわち、現在の富士山はギリギリのところで持ちこたえているが、2035年±5年に起きる南海トラフ巨大地震の後で噴火が誘発される可能性が高いのだ。1707年にも南海・東南海・東海の三連動でマグニチュード9クラスの宝永地震が起きた49日後に、富士山は200年ぶりの大噴火を起こした(宝永噴火と呼ばれる)。
それ以来300年以上も富士山は噴火していないので、単純計算すれば次回のマグマ噴出量は前回の約5割増しとなる可能性がある。別の見方では、富士山が過去5600年間に行った噴火の平均間隔は30年なので、10回分のマグマが噴火を待っていると考えられる。
江戸時代の記録を見ると、宝永噴火では火山灰が横浜で10センチメートル、江戸で5センチメートルほど積もった。もし現代の大都市にこうした火山灰が降り積もった場合、電気・水道・ガスのライフラインは全て止まるだろう。
経済活動はもとより交通・通信もストップし、場合によっては日本発の世界金融危機をもたらす恐れすらある。
内閣府は宝永噴火と同レベルの噴火で2兆5000億円の経済被害が発生すると試算したが、火山学者の多くはこれを過小評価だと考えている。よって南海トラフ巨大地震と連動すれば、数10兆円の被害が加算される恐れがあるのだ。
一方、富士山噴火という不可避の自然災害を迎え撃つ体制は、決して十分ではない。本書でも指摘されているが、「鹿児島市では桜島火山防災研究所の設立を目指して、数年にわたって検討を重ねてきたにもかかわらず、人員配置の関係で断念することになった」(6ページ)。
東日本大震災以来、日本列島は地震・噴火が頻発する「大地変動の時代」に突入したことは、 1人でも多くの人に認識してほしい喫緊の事実である。桜島の地下でも約100年前の「大正噴火」(1914年)を起こしかねないマグマが蓄積されている(鎌田浩毅著『知っておきたい地球科学』岩波新書)。 残念なことに、近未来の地震と噴火に対する危機意識がきわめて低いのが現状なのだ。
防災の鉄則は、平時に災害をよく知っておくことである。そして本書では富士山のマグマだまりを追跡する新技術も紹介される。電磁気を用いた地下構造探査や素粒子ミュオンによる山体透視術など、火山学の最前線を知っておくことは「自分の身は自分で守る」ためにも重要だ。富士山噴火と南海トラフ巨大地震を控える日本列島に暮らす人の全てに読んでいただきたい。