わが国屈指の太陽物理学者が、太陽の活動が地球環境にどのような影響を及ぼすかを論じた入門書である。「宇宙気候学」を専門とする著者は、宇宙に目を向けながら過去から未来までの環境について、写真や図表をふんだんに使いながら丁寧に読み解いてゆく。
サブタイトルに「太陽活動から読み解く地球の過去・現在・未来」とあるように、太陽系の中心にある太陽は地球環境のすべてをコントロールしているからだ。なお本書は第31回講談社科学出版賞受賞作でもある。
少し基本から述べておこう。太陽系とは、太陽のまわりを回っている天体の集合のことを言う。中心には太陽があり8個の主要な惑星が太陽の巨大な引力のもとに秩序正しく天空を運行している。
太陽系では太陽だけが自ら光り（恒星）、膨大なエネルギーを放出している。それ以外の星はすべて、太陽の発するエネルギーを受ける星として、太陽光を反射して宇宙空間で輝いている（惑星）。
太陽系を構成する物質のなかで、太陽は飛び抜けて大きくて重い。実際、他の惑星を全部あつめても、太陽の質量の1パーセントにも達しない。すなわち､太陽系とは呼ぶものの、主人としての巨大な太陽がそのほとんどを占め、ごく小粒な「家来」である他の惑星たちがクルクル回っているだけである。
それぞれの惑星の周りには、「衛星」と呼ばれるさらに小さな星が周回している。また、主要な惑星のほかにも、無数の小惑星、そして「彗星」と呼ばれる岩石の塊も太陽系を構成する一員である。
また惑星、衛星、小惑星、彗星のすべてが、太陽の引力に従って宇宙空間を運行している。すなわち､太陽系に存在するすべての物質が、その動きを太陽によってコントロールされているのである。こうした現象を研究する学問に「宇宙気候学」がある。では、太陽の影響力はどこまで及ぶのだろうか。
「ここ数年で宇宙気候学を取り巻く学問は大きく前進しつつあり、状況は今後十年で大きく変わっていくだろう」（本書219-220ページ）。自然科学の多くの分野にまたがるデータを用いて、地球環境をコントロールする仕組みを解き明かしてゆく。巨大で複雑なジグソーパズルを解いてゆく面白さが、ここにある。
近年、地球温暖化問題が、科学のみならず政治・経済の分野に拡大しながら世界中の課題となっている。たとえば､近未来に太陽の活動が大きく転換し、活動の極小期に入って寒冷化への道をたどる可能性がある。
また多くの地質学者は、地球環境は大局的に氷河期に向かっていると考えている。地球の歴史を見ると、不定期に起きる噴火が大規模な気温低下をもたらす事実がある（鎌田浩毅著『揺れる大地を賢く生きる 京大地球科学教授の最終講義』角川新書）。
具体的に見てみよう。南太平洋バヌアツにあるクワエ火山が1452〜1453年に大規模な噴火を繰り返した結果、北半球では1453年と1454年は夏の来ない年になってしまった。
こうした事実は、温室効果ガスの二酸化炭素を減らして温暖化を食い止めようという政策に大きな転換を迫る。というのは、20世紀後半から観測された平均気温の上昇が、噴火による急激な寒冷化で一気に逆転するかもしれないからだ。
もう1つある。19世紀後半の数10年間が寒かったのは、1883年のインドネシア・クラカタウ火山や1886年のニュージーランド・タラウェラ火山など大噴火のせいではないかと考えられている。一方、20世紀はそれ以前の世紀と比べて噴火による気温低下がなかったため、温暖化が顕在化した可能性が高い（鎌田浩毅著『知っておきたい地球科学』岩波新書）。
よって、脱炭素とカーボンニュートラル（温暖化ガス実質排出ゼロ）政策が、大噴火でひっくり返る可能性は否定できない。地球温暖化問題はテレビや新聞で報道されるように簡単なものでは決してないのである。
このような地球環境の将来予測に関しても、本書に紹介された新しい視点は大いに役立つであろう。いずれも話の組み立てが秀逸で、最後まで一気に読ませてくれる。
著者のような科学の醍醐味を伝える能力を持つ研究者の出現に、元祖「科学の伝道師」の私からも、大きなエールを送りたいと思う。
ちなみに著者は、第一線で活躍する女性科学者を表彰する猿橋賞を今年2023年に受賞した。また教授を務める武蔵野美術大学での講座は学生たちにも大人気だという。本当にサイエンスは、「面白くてタメになる」ものなのである。
