テヘラン生まれ大阪育ちの直木賞作家、西加奈子さんがカナダのバンクーバーで乳がんに罹った。本書はその治療過程の経験談とともに、カナダの医療行政や、生活に関する考え方などを時系列で記したノンフィクションだ。
家族3人で住むブリティッシュ・コロンビア州は外国人でも健康保険に入っていれば医療が無料で受けられる。だが最初は総合医であるファミリードクターか、誰でも受け入れるウォークインクリニックで専門医を紹介してもらう規則となっている。救急病院もあるが8、9時間待つのはざらだという。
胸のしこりに気づいていながら臆していた西さんだが、ある日ひどい虫刺されのためクリニックを受診。その後、超音波検査と針生検の結果、乳がんと判明した。医師との交渉はカナダ在住歴の長い日本人の友人がしてくれた。この地では誰もが助け合うことを当たり前にしている。
彼女の乳がんはホルモン治療が効きにくいタイプのものだった。抗がん剤治療でがんを小さくして切除するという治療の最中、食事や子供の世話は友人たちが手分けして当たった。日本では一人で抱えがちな問題も、おおらかに介入してくれるのは心強かっただろう。病人は自分のことだけで精一杯なのだから。
がんの恐ろしいのは、自覚症状が出た時は重症だということ。幸いなことに西さんには治療の選択肢があり、バンクーバーの医師は彼女を回復に導いてくれた。
抗がん剤治療中のコロナ感染とか、乳房を全摘手術後、日帰りで退院させられるとか、鳥肌が立つ場面がいくつもあるが、そんな西さんを元気づけるのは看護師たちだ。全員関西弁にしたのはお節介な大阪のおばちゃんぽかったからかもしれない。
「くも」は西さんに助けの糸を垂らしてくれた。命ながらえた西加奈子の次の小説が今はとても楽しみだ。(週刊新潮6月8日号)