『高倉健、最後の季節。』ある映画俳優の最期。

2023年6月9日 印刷向け表示
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作者: 小田 貴月
出版社: 文藝春秋
発売日: 2023/3/29
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一度だけ、高倉健さんにお会いしたことがある。

私が北方謙三氏の秘書をしていた時のことだ。イベントで北方ボスと高倉さんが話をしているところに、何かを伝えに行かなければならなくなった。誰でも知っている俳優さんにご挨拶するのはいつも緊張して足が震えた。ほとんどの方は当然のことながら私のことなど歯牙にもかけない。だがたったひとり、高倉健さんだけは、きちんと頭を下げて「今日はお世話になります」とおっしゃった。

驚いた。こんなに腰の低い俳優さんがいるのかと、いっぺんで好きになった。その日から、季節のご挨拶品が北方家に届くようになったのだが、それがとてもシャレていて、粋で、すてきな品だった。届くたびにボスの奥さんと「高倉さんはステキねえ」とため息をついたものだ。

本書を書店で見かけた時、正直、一瞬ぞっとした。平台に置かれたこの本の表紙に映る高倉さんの視線は、まるで京都の妙心寺の天井に描かれた雲龍図のようだ。どこにいても見つめられ射抜かれる。俺のことを知ってくれ、と言われているようで手に取らずにはいられない、そんな迫力に満ちた写真である。もちろん私も買わずにはいられなかった。

著者は、親族として世に出たときに騒がれないためと養女として迎えられた小田貴月さん。1996年に出会い、亡くなる2014年11月まで伴走した最後のパートナーである。年齢差は33歳。高倉さんが最期の時を一緒に迎えることを選んだ方が、闘病の1年余りの日々を綴っていく。

体調の変化に気づいてから、体重の減少、身体の痛み、胸の痞えを押して新作映画に向かおうとするが、悪性リンパ腫が発見されて療養生活に入る。抗癌剤治療で一度は快方に向かうも、すぐに肺への転移が認められ酸素マスクが手放せない日々となり、最期の時を迎えた。あっという間の時間だっただろう。

亡くなって9年経ち、ようやく最期の時をまとめることが出来たという。いまわの際での病室での会話、小田さんの心境、そして後悔を読むと、キリで刺されたように私の胸が痛くなった。なぜなら、私の夫も最近、悪性のがんでこの世を去ったからだ。臨終を看取ったのも小田さんと同じく、私ひとり。最期の日々に何を食べたか記憶が覚束ないのも一緒だ。この本を読んだのも発売からしばらく経ってからしか読めなかったのだが、小田さんの行動ひとつひとつがわが身のことと重なった。闘病の様子など知りたくないというファンも多いと思う。しかし小田さんが書き残したい、という思いを私は理解できた。

一昨年、カメラマンの長濱治氏が北方謙三写真集『奴は…』を出版した。そのなかに、高倉健さんとの写真が数枚収録されている。事務所用に使っていたシトロエン2CVと高倉さん、北方ボスのシルエットが美しい。本書を読んで、改めてその写真に魅入られた。

高倉健は永遠の映画スターである。最期の瞬間まで潔く天寿を全うしたのだった。

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作者: 長濱治
出版社: トゥーヴァージンズ
発売日: 2021/4/27
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写真集が出た時の私のレビュー(写真は版元よりお借りしています)高倉さんとのツーショットもある。

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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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