『黒い海 船は突然深海へ消えた』船はなぜ沈没したのか、その真実とは

2023年5月22日 印刷向け表示
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作者: 伊澤 理江
出版社: 講談社
発売日: 2022/12/23
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海難事故といえば古くはタイタニック号事件、最近だと韓国のセウォル号沈没事故を覚えている人も多いだろう。この船には多くの修学旅行生が乗船しており、緊迫の船内の様子が世界に発信された。日本では2022年4月に起こった知床観光船「観光船KAZU1」沈没事故が記憶に新しい。

『黒い船 船は突然。深海に消えた』は事故当時もほとんど報道されなかった日本の中型漁船沈没事故を詳述した調査報道である。

著者は英国でジャーナリズムを修めたフリージャーナリストの伊澤理江。2019年、別件の取材で訪れた福島で関係者の雑談からこの事件を知る。あまりにも不思議な話だったので興味をもち調べ始めたのきっかけだ。

2008年6月の夏至から2日後の朝、20人の乗組員を載せた福島の中型まき網漁船「第58寿和丸」は千葉県の犬吠埼から東の沖350キロの海上で休憩のためパラシュート・アンカ―という錨の一種をおろして停泊中だった。最後の“陸”を出てから約3週間。乗組員に疲れが見え始めていた。

午後1時過ぎ、船体は突然「ドスン」という衝撃を受ける。続けて2度の衝撃は「ドスッ」「バキッ」という音も聞こえた。船体が右に傾く。何人かが「逃げろ」と大声で叫びながら海に飛びこむ。それからわずか1、2分で転覆すし、沈んでいった。犠牲者は17人。生き残ったのはわずか3人だ。

当時、カツオを狙っていた仲間の船は何隻もいたが、あっという間の出来事だったという。真っ黒な油の浮いた海から、3人は衝撃から約50分後に救助される。

この船の船主である酢屋商店社長の野崎哲はこの沈没に最初から疑問を抱いていた。

ほぼ安定した海に、波に強いパラシュート・アンカー、そして二度の衝撃。なにが船にぶつかったのか。もしぶつかった相手が船なら、なぜ救助しなかったのか。

しかし調査は進まない。船の事故調査には優先順位があることを本書で初めて知った。客船や遊覧船の事故が優先され、漁船は後回し。さらに3年後に東日本大震災が起き、酢屋商店はさらなる大打撃を受ける。国が事故調査報告書を提出したのは、その間隙を縫うように2011年4月。原因はなんと「波」だという。生存者の証言と食い違うこの結論に、キナ臭さを感じるのは私だけではないだろう。

10年後、この事件を知った伊澤は生存者の証言を集め始め、近くにいた僚船乗組員や船体工学の専門家、油の専門家、事故調査報告書の担当官など、粘り強い取材を続けていく。

調べれば調べるほど、専門家たちは報告書に違和感を唱える。何かぶつかったことは確実なのに、船体は深海に沈み、引き上げることが出来ない。腑に落ちない。

そして最後に辿り着いたのは「潜水艦のプロ」。事故当時の海上自衛隊潜水艦艦隊司令官だ。伊澤の粘り強い交渉の結果、重い口を開く。この証言がこの本の白眉である。果たして第58寿和丸は何に当て逃げされたのか。海の下では何が起こっていたのか。調査はまだ続いている。(ミステリマガジン5月号)

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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