こんな土曜の深夜にアップされるレビューを読んでいるあなたは立派なHONZ好き。というわけで、本日はHONZメンバーの本読み以外としての一面を少しだけご紹介。「ネジの外れた本好き」の集まるHONZだが、本以外にも趣味・特技を持つメンバーが多く、その内容も読む本のジャンルと同様に幅広い。絵画、ダンス、太極拳、マンドリン、スノボ、料理、家を建てる、超能力(手品?)、昭和風泥酔などなど、挙げればきりがない。次々と本を読み漁る好奇心の持ち主はじっとしていることが苦手なのだろう。
上記の特技の多くが少数のメンバー(というか1人)からもたらされているような気もするが、料理上手なメンバーは多いようだ。成毛は松茸ご飯が得意料理だし、東は夏合宿のさいに大人数の酒飲みたちの胃袋をテキパキとした包丁捌きでしっかりと満たしてくれた。しかし、HONZで料理といえばなんといっても編集長の土屋だ。その腕前を活かしてUSTREAMでこんな美女に料理を教えているのだから本当にうらやまけしからん。
レビュアープロフィールをご覧頂ければどの特技が誰のものかはある程度わかるかもしれないが、本書の著者プロフィール(1951年生まれの大阪大学大学院生命機能研究科脳神経工学講座教授)を見ても著者と料理を結びつけるものは見当たらない。これまでに出している本も『記憶の細胞生物学』など理系の専門書ばかりであり、著者の料理の腕前を推し量ることは難しい。しかし、本書には著者の専門である生物学的解説だけでなく、料理にまつわる薀蓄が盛りだくさんであり、著者の料理へのこだわりがうかがえる。
本書は大阪大学1年生用に2001年~2005年に行われていた同名の講義をまとめたものである。本書には7講の授業が収録されており、各講は2つのパートから構成されている。前半は学生との対話形式で展開される授業の再現であり、後半は授業で取り上げられたトピックのより詳しい生物学的解説だ。授業で紹介される薀蓄はことごとく面白いので、誰かに話したくなること請け合い。大事な人とのディナーの前に読んでおいて本書の知識を披露すれば、博識な素敵な人と思われるか、マニアックな知識をひけらかす嫌味なヤツと思われるに違いない。
「本で仕入れたばかりの知識をひけらかす嫌味なヤツ」と思われない程度に本書の薀蓄を紹介しよう。英語ではコショウはペッパー、トウガラシはレッドペッパーという。コショウはコショウ科だし、トウガラシはナス科である。ではなぜレッド「ペッパー」になるのか?なんだかややこしいではないか。こんな面倒な名前を付けた犯人はあのコロンブスだ。コショウを求めて西側ルートでインドを目指したコロンブスは大陸にぶち当たり、アメリカを発見することになる。ここまでは誰もが知っているストーリーだが、スポンサーであるイザベル女王にコショウ届けなければならないコロンブスは大いに焦ることとなる。アメリカ大陸には旅の目的であるコショウがなかったのだ。そこで、現地民が持っていたコショウの代わりになるもの、トウガラシを「赤いコショウ」だと言い張って献上したため今でもトウガラシはレッドペッパーなのである。へー。
カレーが金曜日に出される理由や本場ドイツであまり見かけないバームクーヘンが日本でポピュラーなお菓子になった経緯、マドレーヌの形状は実はホタテガイではなく別のモノを模していること、ユダヤ人がベーグルを発明した悲しい歴史など人に話さずにはいられない話題が満載である。しかし、本書のメインディッシュはやはり料理の生物学、化学、物理学的な解説だ。
真水から煮込み始めるべきか、塩水で煮込み始めるべきか、どっちだったかなぁと悩んだ経験がある方もいるかもしれないが、浸透圧の仕組みを理解すれば迷うことは少なくなるだろう。食品の保存に塩が使われる理由も浸透圧を考えれば理解しやすいし、酢が使われる理由はpHが菌に与える影響を理解すればすんなりと頭に入ってくる。もともとこの授業は“身近な「料理」を題材にして、科学の基本と醍醐味をあらためて体験する”ことを目的として計画されているようだが、実は、科学好きな人間に料理の面白さを伝えることのできる内容となっている。パートナーが料理を手伝ってくれない理系人間なら、この本をそっと置いておくと効果的かもしれない。
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料理に欠かせない「火」がどのような役割を果たしているのかに迫る一冊。火が使えなかったらどんな人間になっていたんだろうか。
現代人の料理にまつわる悩みはこれだろう。私のお腹周りのサイズも加速している。